2016年09月08日

フロントグリル交換


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我70は、平成8年式なので、今年で丸20年をむかえたことになる。昨年、ボディの錆た部分の修繕を行ったのを機に、月に一回くらいのペースでワックスがけをしている。しかし以前から気になっていたのはフロントグリルの劣化であった。上の写真が交換前である。写真ではわかりづらいが、塗装が剥離しはじめ、一部下地が露出してきた。

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今回、思い切って交換をしたのであった。70に光物などの虚飾は不要なので、どうせならと消防自動車仕様のグリルをチョイス。メッキ塗装のされていない地味なタイプで、取り付け後のスタイルは、いかにも道具っぽくて気に入っている。えっ、わからない?それが普通の感覚なのでご心配なく。

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posted by 生出 at 08:40 | Comment(0) | クルマ

2016年09月06日

Let's Go!!!


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アコースティックギターデュオ「Depapepe」のメジャーデビュー作「Let's Go!!!」 このアルバムが発表されてから、もう11年が経つ。インストゥルメンタルの作品としては、日本の音楽史上初のオリコンベスト10に入ったアルバムで、当時かなり話題になった。売り上げ枚数は15万枚を超えた。「Depapepe」は徳岡慶也と三浦拓也の二人が2002年に結成、インディーズ時代に創った3枚のアルバムでさえ10万枚の売り上げがあったという。

いまやTV番組のオープニング、エンディング、天気予報のBGM、CM、キャンペーンソング・・・などなど、きっと彼らの曲を耳にしない日はないのではないだろうか。

爽やかで、明るくて、元気がよくて、耳障りがよくて・・・もしこれからアコギをやろうという方がいたら、まさにお勧めの一枚。ハードルは高いだろうが、彼らを目標にはじめてはいかがだろう。ちなみにスコアも用意されているので、ぜひ。
posted by 生出 at 08:17 | Comment(4) | 音楽

2016年09月05日

オリンパス35


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戦後まもない昭和23年、オリンパス35T型が発売された。オリンパスのサイトによると・・・「小型、軽量」「速写性」という2つの目標を具現化したカメラです。「巻いて(フィルム巻き上げ)、掛けて(シャッターチャージ)、押す(シャッターボタンのレリーズ)」 という簡単な3つの操作で、すばやく撮れるオリンパス35I は、絶大な人気を博しました・・・とある。

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オリンパス35はバリエーションがいくつかって、写真のカメラは、おそらく35Wa型(昭和28年)だと思われる。コンパクトなボディは、ポケットに収めるのには都合がいい。そしてなによりいいのは、ブラックに塗装されたボディである。塗装は持ち主が自ら行ったというから、世の中には器用な人がいるものである。一目見て「カッコいい〜!」と思った。

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発売当時、ブラック塗装はなかっただろうから、オリジナリティはかなり高い。引き締まったボディは所有欲を大いに刺激する。白ボディと並べてみると格好良さは抜きん出ている。
posted by 生出 at 08:17 | Comment(0) | フィルムカメラ

2016年09月02日

病院食


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昨年同様、二泊三日で病院であった。身体をひっくりかえさりたり、裏返しにされたり、輪切りにされたり・・・と好き放題いじられてきた。まぁ〜とりあえずはギリギリセーフということで、無罪放免となった次第である。検査が終わり、ご褒美の食事がこれであった。病院食の割には塩っぱく感じたのだが・・・。
posted by 生出 at 07:51 | Comment(0) | その他

2016年09月01日

九月


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おととい(8月30日)、観測史上初めて東北太平洋側への上陸した台風10号。残念なことに、またもや甚大な被害が出てしまいました。大雨の中、私は車を北に走らせていました。冠水した路面に幾度もハンドルをとられ、ヒヤヒヤしながらの運転でした。

夕方近く、なんとか仙台に到着しましたが、なんと当地は晴れ間がのぞきはじめ、荒れ放題の天候が嘘のように穏やかに。ほんとうに極端な変わりようでした。長い自然との付き合いの中で培ってきた経験則は、もはやアテになりません。すでに台風12号が奄美、九州地方に迫りつつあります。何事も無く過ぎ去ってほしいと願っていますが・・・。

さて9月、関東地方では今日から新学期が始まったようです。自分が小学生だった頃、9月に入る前に、ひまわりは種を付けていたように記憶しています。知り合いの飼っていたシマリスが、おいしそうにヒマワリの種を食べているのを見て、僕も庭のひまわりから種を取ってきて、おやつ代わりにした・・・そんなむかしむかしの記憶が甦りました。

posted by 生出 at 21:29 | Comment(0) | M's works

2016年08月30日

32回目の入選


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宮森さん、32回目の入選です。

 夢求め地図の無い道手探りで

若い頃の夢、ある程度年を重ねた時の夢、更に時を重ねても人は夢を持つべきだと思います。若い時に描いた夢を一生かけて実現するのもいいでしょうし、次々に新しい夢を求めるのも、またいいものです。夢を持ったら、まずは一歩進むべきでしょう。ただ思っているだけでは、それは単なる妄想でしかありません。

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着実に入選を果たしている宮森さん。だんだん新しい夢が描かれているのではないでしょうか?
posted by 生出 at 22:29 | Comment(0) | M's works

2016年08月26日

時には昔の話を


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時計の針がまもなく午後11時を指そうとしている。グラスはどのくらい傾けただろうか。毎夜のごとくアルコールが体内にほどよく行きわたり、いい心持になっている時間。かけっぱなしのテレビから、落ち着いたピアノの旋律と、ちょっとハスキーがかった女性ヴォーカルが聞こえてくる。


 時には昔の話をしようか
 通いなれた なじみのあの店
 マロニエの並木が窓辺に見えてた

 コーヒーを一杯で一日
 見えない明日を むやみにさがして
 誰もが希望をたくした
    ・
    ・
    ・

毎回、このフレーズでフェードアウト。わずかな時間だけど、繰り返し耳にしていたら、いつの間にか刷り込まれていた。心の襞をなでられたような気持ちになり、いずれ通して聴いてみたいと思っていた。

調べたところ、この曲はAll That Jazzの「ジブリ ジャズ」というアルバムに収められていた。All That JazzはJ−POPをジャズアレンジでカバーするユニットで、ボーカルは「COSMiC HOME」の桑原由里子。どことなく人生のドラマを感じさせてくれる歌詞である。

では、つづきを。

    ・
    ・
    ・

 ゆれていた時代の熱い風にふかれて
 体中で瞬間(とき)を感じた そうだね

 道端で眠ったこともあったね
 どこにも行けない みんなで
 お金はなくても なんとか生きてた
 貧しさが明日を運んだ
 小さな下宿屋にいく人もおしかけ
 朝まで騒いで眠った

 嵐のように毎日が燃えていた
 息がきれるまで走った そうだね

映画「紅の豚」で加藤登紀子が歌った曲でタイトルは「時には昔の話を」。けっこう知られていた曲だった。原曲は加藤登紀子のアルバム「My Story」の2曲目に入っている。桑原由里子の声については賛否あるようだけど僕は気に入っている。でも歌詞そのものは加藤登紀子の方がすぅ〜っと入ってくる。学生運動で揺れたあの時代をリアルに経験した本人だからこそ、なのかもしれない。

 一枚残った写真をごらんよ
 ひげづらの男は君だね
 どこにいるのか今ではわからない
 友達もいく人かいるけど
 あの日のすべてが空しいものだと
 それは誰にも言えない

 今でも同じように見果てぬ夢を描いて
 走りつづけているよね どこかで

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posted by 生出 at 12:38 | Comment(0) | 音楽

2016年08月23日

ザ・ナガミネバンド


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21日(日)に會津風雅堂にて「ナガミネバンド」の演奏が行われた。今回は“わ”で奏でる東日本応援コンサート2016 in 会津という趣旨で、ジャズ ピアニストの前田憲男氏、美しいハーモニーを奏でるサーカスをむかえてのライブ。ビッグなアーティストをサポートするという大きなお仕事だった。

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前夜に行われた深水洋氏(ジャズドラマー)のセッションに参加した石田裕人氏(テナーサックス)と相澤哲氏(トランペット)のお二人も参加。観衆を大いに魅了したライブだった。

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posted by 生出 at 12:45 | Comment(0) | 音楽

2016年08月19日

ミノルタSR-1 SR-1s


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ミノルタが販売した35ミリ一眼レフカメラの第一号が「SR−2」であった。1956年のことである。「SR−1」は「2」の廉価版で翌1959年に販売された。

「SR−1」には、型名が同じでも、見た目や仕様の異なる機種がいくつか存在していた。ほかに「SR−3」「SR−7」などもあった。さらに「ニューSR−1」、そし て写真の「SR−1s」(1967年発売)と、なんか入り乱れてのラインナップだった。それぞれのスペックを見ていくと「SR-7」で外部調光式の露出計が内蔵されたくらいで、それほど大きな違いはない。

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今回、外部測光式の露出計を取り付けた2台にお目にかかった。こういう図も珍しいかなと思い記念撮影。プリズムは少々劣化があったものの、露出計はもちろんカメラ本体もメンテナンスが施され、驚くべきことに完動品なのである。なんとも美しいカメラではないか。

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posted by 生出 at 07:57 | Comment(2) | フィルムカメラ

2016年08月17日

素麺


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蒸し暑い日が続く。関西地方に比べれば、東北は幾分はいいのかもしれないが、それでも冷房の効いた空間が恋しくなると云うもの。で、素麺である。オクラ、キヌサヤ、シソ、生姜をトッピングした。あとはサラダ、納豆、カキフライと、これだけ食べれば暑さにも負けまい。
posted by 生出 at 07:56 | Comment(3) | 男の料理

2016年08月15日

カツオの刺身 サラダ風


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金曜日の晩、蛭田画伯のアトリエで暑気払いをした。そこで出されたメインディッシュがカツオの刺身である。エビ、ニンニク、ミョウガ、タマネギ、イタリアンパセリ、ゴマなどをのせ、味付けはオリーブオイルとポン酢である。それなりにアルコールが入っていたので、もしかしたらちょっと違うかもしれない。でも味は間違いなかった。パクパクいけた。

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そして酔いにまかせてギターを弾きまくったのである。いつものごとく、楽しいひとときを過ごしたのであった。
posted by 生出 at 08:50 | Comment(0) | 男の料理

2016年08月12日

キヤノンT90


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いまでこそ違和感はないものの、T90が発表された1986年、見た瞬間に「なんじゃぁ〜こりゃあ〜」とGパン刑事のように思わず叫んでしまった僕である。カメラロボットA−1の発表から数えること8年、見たこともないボディデザイン、数々のオート機能てんこ盛りのスペックに、電流のごとく衝撃が体中に走ったのを覚えている。ちなみにT90のキャッチコピーは「超性能一眼」だった。

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前年1985年にはミノルタα7000が登場し、35ミリ一眼レフはオートフォーカス時代に突入したわけだが、当時のキヤノンの答えが、このT90だったのだ。すでに多くのプロ、アマから支持を集めていたキヤノンではあったが、僕の予想とは裏腹にこの新人君は、すんなりと受け入れられた。

見た目のイメージを上回る性能の良さ・・・握りやすいグリップ、直感的なダイヤル操作による露出設定、単三4本で駆動する燃費の良さ等々・・・は好みはあろうが撮影する道具として、いまでも完成度の高いカメラであるといえると思う。フラッグシップ機「NewF−1」から買い換えるプロもいたと聞いた。ちなみに第三回「カメラグランプリ大賞」を受賞している。

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工業デザイナー「ルイジ・コラーニ」による斬新なデザインは、その後のEOSシリーズに受け継がれ今日に至っている。中身に関してもEOSシリーズへの布石としてT90は重要な役割を果たしたのである。キヤノンがFDを捨て、EFという新路線を歩み始めたことに「裏切られた」と見るユーザーがいたことも事実ではあるが、T90の翌年にはEOSシリーズの第一弾として650が発表され、新たなる本流がここに生まれたのだ。いまやデジカメ界を牽引するEOSシリーズ、その方向性を導いたのが、Tシリーズのフラッグシップ機T90だった。
posted by 生出 at 22:24 | Comment(0) | フィルムカメラ

2016年08月10日

他人丼


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暑さが続く日本列島である。40度近い高温ではひとたまりもない。しかしなぜか食欲は衰えない(笑) どうしても食べたかった親子丼。スーパーの売り場に行ってみたが、適量の鶏モモが売り切れている。仕方なく豚バラで他人丼を作ることにしたのであった。

所詮、世の中自分以外は他人さ・・・などと訳の判らないことをつぶやきながら作った他人丼。手前味噌ながら、なかなかいけていた。人様の情けを授かりながら生きてきた今日までの時間。そしてこれから先も多くの方々から情けをいただきながら、生き続けるのであろう。
posted by 生出 at 08:15 | Comment(0) | 男の料理

2016年08月08日

ミノルタSRT102


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国内ではあまりお目にかかれないミノルタSRT102である。1973年に発売されたカメラだ。SRT102は主に北米を中心に輸出されたモデルであった。欧州向けはSRT303という名称で、日本国内ではSRTスーパーとして販売された。スペックは(たぶん)どれも同じ。

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機能としては、これといった特長はないものの、メカニカルな部分では質実剛健で信頼ができる。この時代のカメラは機械式が多いので、手先の器用な方なら、ちょっとした不具合は直せてしまう。つまりはカメラという「道具」として、いつでも復活できる可能性を秘めているわけだ。末永く使える道具としての資質は、きょうびのデジカメは足元にも及ばない。

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手にするとずっしりと重い。使用感があることから、ちゃんと道具として扱われたに違いない。いったい以前はどんな方の手元にあったのだろう。そんなことを想像するのも、中古カメラの楽しみのひとつである。
posted by 生出 at 22:51 | Comment(0) | フィルムカメラ

2016年08月05日

これでいいのだ!


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赤塚不二男夫氏の生誕80周年を記念して販売されたのが「Bic 赤塚不二夫キャラクターシリーズ」である。全8種類。ついつい大人買いをしてしまった。一本180円(税別)也。僕としては「もーれつ あ太郎」と「バカボン」は追加でお願いしたいところ。
posted by 生出 at 23:27 | Comment(0) | 出逢いの妙

2016年08月04日

31回目の入選


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東日本大震災以来不通になっていたJR常磐線の原町−小高駅間が、7月12日に運転を再開した。その模様がニュースで報じられ、再開を祝う多くの人の笑顔がテレビ画面から溢れていた。

まだまだ各地で震災の影響は残っている。

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いつも明るい宮森さん。でも社会を見つめる、その目が濡れることも・・・きっとあるに違いない。
posted by 生出 at 08:16 | Comment(0) | M's works

2016年08月01日

八月


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8月になりました。新しい月のカレンダーを見ると、少しは気持ちがシャッキっとします。怠惰な生活を送っていると、せめてこの月からは、しっかり過ごそうと・・・。そんなことを、いったい何回思ったことでしょう。一ヶ月後、9月になったときも、きっと今と同じ気持ちに・・・ならないようにせねば!暑さに負けず、そして自分に負けず・・・しっかり歩こう!
posted by 生出 at 07:55 | Comment(0) | M's works

2016年07月31日

高原に響く唄声パート2


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昨夜、喜多方市の三ノ倉スキー場の「星空ウォッチング」において、珈琲舎うつわのマスターを中心としたユニット「一夜の花」が出演いたしました。昨年に引き続き2回目となります。今回はマスターのボーカル&ギター、バイオリン、そして私のギターというシンプルな構成でした。まだミュージックデータが手元に来ていませんので、届きましたら、またこちらでお披露目したいと思っています。

どうやら、マスターのファンがまたまた増えてしまったようです。
posted by 生出 at 22:27 | Comment(2) | 音楽

2016年07月28日

AsahiflexUA 2.4


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ペンタックスのカメラの歴史は1952年の「アサヒフレックスT」型から始まった。二眼レフのようにウエストレベルファインダーを備える独特のスタイルは、実際の使い勝手は別として、いま見ても、なかなかイケてるなぁ〜と感じるわけである。ウエストレベルファインダーの右側に透過式のファインダーがある。実用性があったのかどうかはわからないがデザイン上のアクセントにはなっている。

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ウエストレベルファインダーを覗きこむとルーペが目に入る。ルーペを引き出せば、より正確なピンと合わせができる。フードを閉じると上部はすっきりとする。ペンタプリズムがのっていないので高さはSPよりも低い。

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「アサヒフレックス」は「T」型、「TA」型(53年)、「UB」型(54年)、そして写真の「UA」型(55年)の4機種があった。この「UA」にはタクマー58ミリ F2.4が付いているので「アサヒフレックスUA 2.4」型と呼ばれていた。どれも似たようなデザインなのだがスペックは異なる。「UB」型からはクイックリターンミラーの搭載、低速側のシャッター速度が1/2、1/5、1/10、1/25へ広がり、「UA」型ではTが加わった。

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マウントは独自のM37(内径37ミリ)のスクリューマウントで全機種共通。レフレックスの最大の強みは、レンジファインダー式カメラのようなパララックス(視差)が無かったので、一般の撮影より近接撮影、望遠レンズの撮影など、どちらかというと大学などで学術的な撮影に使われることが多かったようだ。レンズは83ミリ、100ミリ、135ミリ、500ミリが用意されていたというが、現物でもカタログでも見たことはない。

のちにペンタプリズム搭載のKやAP開発の礎となり、さらに名機SPへつながるこのカメラ、誕生以来61年という時間が経つのだけど、存在感はますます大きくなっていくような気がするのである。
posted by 生出 at 08:14 | Comment(0) | フィルムカメラ

2016年07月26日

キヤノンDAIAL35


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ユニークなスタイルのキヤノン「Daial35」である。こういうのを「スタイリッシュ」というのだろう。1963年(昭和38年)生まれではあるが、いまなお眼を惹くのだから、大したものである。

「ダイヤル」って何?という世代も、きっといるであろうが「黒電話」で検索し、画像をご覧になれば納得いくであろう。中央の撮影用レンズを囲むように配された虫眼鏡のようなレンズは露出計用の受光部となっている。ちなみに10個ある内の3つか4つはダミーなのだそうだ。受光素子はCds(硫化カドミウム) が使われていた。当時、電池を使わないセレンが一般的だったが、それよりも暗部に強く正確な測光が可能なCdsが採用された。

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裏蓋開閉ノブをスライドさせると、ぱっか〜んと開く。まるで弁当箱の蓋を開けたようである。話は変わるが・・・僕はご飯に海苔か豚ひき肉のそぼろが敷き詰められているとうれしかった・・・。カメラなのでご飯ではなくフィルムを入れよう。

フィルムは上部に挿入する。フィルムのリーダー部を巻き上げスプールに差し込む。このときのポイントはパーフォレーション(フィルムの上下についている穴)をフィルムガイドのギヤに確実に引っ掛けることである。グリップを回してフィルムのタワミを取り、裏蓋を閉める。グリップをさらに回すとフィルムカウ ンターがSから0になる。0になってからグリップが空回りするまで巻き上げておく。一回の巻上げで20カットほど撮影が可能となる。巻上げができなくなったら、もう一回ジ〜コ、ジ〜コと回す。

このカメラはハーフサイズなので36枚撮りフィルムで72枚も撮れてしまう。一粒で二度美味しい「グリコ」以上の美味しさである。なんとなく得した感じになるのだが、プリント代は72枚分が請求されるので、そこは「どっちがトクか、よ〜く考えてみよ〜(サクラカラーのCM、欽ちゃん風に)。そうそう、撮影が終わったらフィルムの巻き戻しもお忘れなく。不用意に蓋を開けると「はい、それま〜で〜よ」となる。植木等の、あの歌でどうぞ。あ〜なつかしの昭和・・・。
posted by 生出 at 08:22 | Comment(2) | フィルムカメラ