2016年03月23日

冷やし中華、はじめました。


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今期、お初の冷やし中華である。行きつけのスーパーにようやく陳列されているのを発見。首を長くして待っていたのであった。昨年3月24日にアップしたものと比べると、プチトマトで2個分、焼豚で1枚少なくなっているが、これはとくに理由はない(笑) クールポコからの突っ込みもないだろう。それにしてもクールポコのブログは2013年3月4日以来、更新されていないのが気になるところではある。

そうそう話は冷やし中華になるが、これはマルちゃんの「冷やし生ラーメン」という商品で、なぜか「冷やし中華」ではない。公式サイトでは「冷やし中華」のカテゴリーに入っているんだけどね。麺はもう少し太く、そしてスープの量も増やしてくれると嬉しいかな。
posted by 生出 at 07:47 | Comment(0) | 男の料理

2016年03月22日

オンステージ・ともだち


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懐かしいアルバムである。よしだたくろうのセカンドアルバム「オンステージ・ともだち」。音源は1970年4月18日に東京厚生年金会館で行われたライブで、アルバムの発売は翌1971年6月27日。僕が手にしたのは74年だった。当時僕は中学二年で、いわゆる耳コピでギターコードを探ることを少しずつ覚えはじめていた頃だった。ギターはモーリスのW30。レコードに合わせながら覚えたてのコードを適当に弾くのだが、たまに音が合うと嬉しくて仕方なかった。押さえられたのはC、G、D、E、A・・・などのローコードだけで、FやBmなどのいわゆるバレーコードは押さえられなかった。なのでバレーコードが出てくると、その曲はパスせざるをえなかった(笑)

このアルバムでいちばんのお気に入りは斉藤哲夫が作詞・作曲した「されど私の人生は」である。格好良さはもちろん、コードも簡単だったのでいちばん聴いた曲だった。「ともだち」も同様。少しずつ自分なりに弾ける曲が増えてきて、アルバムや楽譜も増えていき「たくろうと一緒に弾いている」感だけは充実していた。

  「されど私の人生は」

 もうどうでもいいのさ

 つまらぬことは 考えないで

 そこから道を 進むのさ

 それがもっとも 肝心さ

 幻の道は いくつにもわかれ

 ふりかえるときは すべては灰色に

 心の中は 荒れ果てつきて

 先を見ることさえ 苦しみ覚える

 変わる 変わる 目の前が

 変わってそれでおしまいさ

 されど私の人生は

 されど私の人生は

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あれからずいぶん時間が経ち拓郎もビッグになってしまった。それに伴いギター一本で気軽に弾ける曲はいまやほとんどない。ビッグバンドに合わせてギターを弾くのはちょっと淋しい・・・かな。やっぱりたくろうはエレック、CBSソニー、そしてフォーライフレコード第一弾の「明日へむかって走れ」までの印象が強い。自分の青春とダブっていることも大きな理由なのだろうね。
posted by 生出 at 07:28 | Comment(0) | 音楽

2016年03月17日

午前中に・・・


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吉田拓郎、エイベックス移籍の第一弾のアルバム「午前中に・・・」、2009年4月にリリース。全曲、拓郎が作詞作曲を手がけたアルバムだ。比較的新しいアルバムだなと感じつつもすでに7年という時間が経過していることに、ちょっと驚いている。感覚としては2〜3年前かなと・・・。この年、最後の全国ツアー「Have A Nice day LIVE 2009」を開始するも体調不良のため4公演で中止。このライブは「18時開演」という3枚組みのアル バムとしてまとめられ同年11月に発売された。3年後の2012年にはアルバム「午後の天気」を発売している。

拓郎にはまだまだ頑張って走り続けてほしい。でも拓郎も今年で70歳である。その事実にも驚きである。

 「ガンバラナイけどいいでしょう」

 きょうはいったい何が どうしちゃったんだろう

 胸の中のどこかが すっきりしない

 朝から頭の中も 重たい感じで

 動きたくないんだから 仕方ない
     ・
     ・
     ・

 追いかけすぎることは いけないんだね

 このごろちょっとだけ 悲しくなりはじめ

 君に会えるだけで しあわせなはずさ

     ・
     ・
     ・

 でも 頑張らないけどいいでしょう

 私なりってことでいいでしょう

 頑張らなくてもいいでしょう

 私なりのペースでもいいでしょう

アルバムの一曲目「ガンバラナイけどいいでしょう」は主治医とのやり取りの中で生まれたという。「好きじゃないことはやらないでゴロゴロしているほうが身体にいい」。云うとおりに「家でゴロゴロしていたら元気になった」そうで、日常をてらうことなく、さらりと素直に唄っている。

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愛や平和という大きなテーマを唄うのもいいだろう。でも日々の暮らしのささやかな出来事の中にだって、人の心に響く大切なメッセージはあるし、むしろそちらの方に説得力があるのかもしれない。そういえば最近、いろんな方の言葉の端々に人生の機微を感じる瞬間がある・・・僕自身もだんだんそんな年代になって きたのだろう。このアルバムを聴いて「老いることは決して好ましくも楽しいことでもない」のだけど、年を重ねたからこそ見えてくるもの、感じるものが、だんだん増えてきたことに気づかされた。
posted by 生出 at 08:24 | Comment(0) | 音楽

2016年03月14日

フォーク酒場


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週末は恒例のフォーク酒場が開かれた。今回は約30名の参加で、おひらきの時間も早かった。と云っても午前12時までやったのだから、大したものである。これは歌の力なのか、それとも中高年パワーによるものなのか・・・。云うまでもなく両方の力ですね。
posted by 生出 at 07:41 | Comment(0) | 音楽

2016年03月11日

Ray of Hope


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時間の流れを実感することが、戸惑いに似た気持ちになることがある。目を閉じてあの大きな出来事に思いを馳せてみる。すさまじい揺れに翻弄されている感覚がリアルによみがえる。我に返って目を開けると、今日は2016年3月11日である。あれから5年が経つが、心は、あの瞬間と今とを行ったり来りしている。そのたびに心が折れそうになる。

これから10年、20年、30年・・・と時間は容赦なく流れる。あの日を経験した人は、誰であっても例外なく・・・悲しみ、苦しみ、悔しさを忘れることも、捨て去ることも出来ないだろう。でもいつの日か、その切ない思いが少しでも和らげば・・・と願わずにはいられない。あの日が、いい意味で客観的に見られれば、きっとそのとき「希望の光」に向かっている自分になっているのかもしれない。

山下達郎が歌う「希望という名の光」(2011年8月リリースのアルバム『Ray Of Hope』に収録)は、(山下達郎本人も云っているが)図らずも、あの日を経験したすべての人のために作られた曲になった。震災に限らず、人生につまずいたとき、くじけたとき・・・この曲を聴いてほしい。

  「希望という名の光」

 この世で たったひとつの 

 命を削りながら

 歩き続けるあなたは

 自由という名の風

    ・
    ・
    ・
 運命に負けないで
 
 たったいちどだけの人生を

 何度でも起き上がって

 立ち向かえる力を送ろう
posted by 生出 at 07:57 | Comment(2) | 音楽

2016年03月10日

三菱Jeep


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細降る雨の中、懐かしい車と遭遇した。三菱Jeepで ある。こちらのヘッドライトのあたり具合で白っぽく見えるが、ボディカラーから判断するに最終限定車ではないかと思われる。あれほど走っていたJeep も、気がつくと目にする機会はほとんどなくなっている。前後共に板バネのクロカン車の代表と云えば、ほかにJimny-SJ30、JA11、 Landcruiser40、60、70系がある。基本的な構造はどれも同じ。そんなことからこの三台には親近感を覚えるのである。

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ひさしぶりに目撃したJeepと、ほんの少しの間、ランデブーをしてみたのであった。
posted by 生出 at 07:44 | Comment(0) | クルマ

2016年03月08日

キヤノンフレックスRP


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1954年(昭和29年)のフォトキナで1台の衝撃的なカメラが発表された。云わずと知れたライカM3である。その完成度の高さに日本のメーカーは完全に万歳。一眼レフカメラ開発にシフトする大きなきっかけとなった事件であった。1955年以降、日本の各メーカーから一眼レフの開発と発表が続いたわけだが、1959年(昭和34年)、ニコンFが発表されると報道関係者を中心に大きな支持を集め、それは日本を名実ともに一眼レフ大国へ押し上げる結果となる、大きな歴史的事件だった。

ライカM3、ニコンFの両機は、基本的な設計、完成度、耐久性・・・などに優れ、以降、後継機種開発に、ひとつの「思想」として連綿と引き継がれていくことになったのだ。ユーザーは「信者」と呼ばれることに何の違和感も抵抗もなく、むしろ「誇り」を持ち、ライカ教、ニコン教の布教のために尽力することとなる。

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さてキヤノンフレックスRPであるが、ニコンFから遅れること一年、1960年(昭和35年)に発表された。前年(昭和34年)にキヤノン一眼レフの第一号機「キヤノン フレックス」が発売されたが、わずか三ヶ月ほどでこの世から消えた。巻上げレバーがボディ底面にあり、三脚での撮影が不利であったのが、その理由のようだ。PRと同年には1/2000秒のシャッターを搭載した「キヤノンフレックスR2000」も発売された。ニコンF同様ファインダー交換も出来たし、スペックとしてはFの1/1000秒を上回る最高速度だったのだけど、Fを凌駕するどころか、足元にも及ばなかったようだ。アマチュアが支持していたペンタックスにも負けていた。ちなみに巻上げレバーは、相変わらず底面に位置されていた。

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キヤノンフレックスRPはR2000の簡易版としての位置づけで、固定式のファインダー、最高速度1/1000秒とスペックは抑えられていた。この時代、露出計はまだ外付けで、オプションとしてご覧のように大きく出っ張った「外部式露出計」を取り付けていた。同じ外付けでもM3用のライカメーターに比べると、デザイン的なスマートさは感じられない。デザインは度外視して、無理矢理一部屋を増築した感は拭えない。

TTLではないが、ボディに露出計が内蔵されたのは、62年(昭和37年)発売のキヤノンRM(拙ブログ2015年8月18日参照)であった。

ニコンとほぼ同じ時期にスタートしたキヤノンの一眼レフが、プロに認められるのは71年(昭和46年)のF−1からなので、まだまだ先のことであった。
posted by 生出 at 07:47 | Comment(0) | フィルムカメラ

2016年03月07日

北帰行


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この暖冬ですでに先月から白鳥達が北へ向かっていたようだ。今年はまともな雪景色も白鳥も撮れなかった。もやもやした気分が続いた冬であった。ちなみに鼻毛はいちども凍らなかった。
posted by 生出 at 08:01 | Comment(0) | 出逢いの妙

2016年03月05日

写真集『1500日震災からの日々』


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フォトジャーナリスト・岩波友紀さんの写真展が現在、東京銀座のニコンサロンで開催されている。このたび新日本出版社より氏の『1500日 震災からの日々』と題した写真集が上梓された。

「3月が近づくと、私たちの多くは「東日本大震災から何年」と思いを馳せ、復興を期待・想像する。だが、被災した人々のそれぞれに、それぞれの状況がある。「あれから何年」「被災地復興」という言葉ではとらえきれない、その【毎日】の現実を見つめ直すことで、震災とは何か、この国には何が足りないかも見えてくる写真集。」(新日本出版社のサイトより引用)
posted by 生出 at 11:34 | Comment(0) | 写真展・絵画展など

2016年03月03日

オリンパス・ワイド


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上部の丸い大きな二つのダイヤル、そしてファインダー、採光窓、エプロン部の四角、ボディも角っぽい・・・デザイン的には実にシンプルで愛嬌のある「オリンパス・ワイド」、昭和30年に発売された。

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昭和30年と云うとトヨペットクラウン、ソニーのトランジスタラジオが販売を開始した年である。国家公務員の大卒初任給が9千円弱(人事院資料)の時代、 オリンパス・ワイドは1万7千円近くもする高級カメラであった。車、電化製品、カメラ・・・少しずつではあるが、国民生活の中に「いつかは◯◯◯を手に入 れたい」と夢を描けるような時代に入ってきた。

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ライカ、ニコンなどのレンズ交換式高級カメラは別として、一般コンシューマー向けのカメラには焦点距離50ミリが固定されているものが多かった。なので35ミリ付きのこのカメラ、爆発的に売れたのだという(オリンパスのサイトより)。焦点距離35ミリはまぎれもなく広角レンズのカテゴリーに入るのだけれど、いまの感覚で35ミリレンズを「ワイド」と呼ぶには、いささかオーバーに感じるわけだが、そこは時代である。

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さて、いうまでもなくこのカメラに電池は必要ない。露出、ピント合わせ、フィルム巻上げ、巻き戻し・・・すべてが撮影者の判断にゆだねられる。ファインダーを覗いても距離計が内蔵されていないので目測で決める。フォーカシングリングの2メートルと5メートルは赤文字になっていてクリックストップする。スナップ撮影では咄嗟の判断が求められるわけだが、きっとオリンパス・ワイド使いの達人ともなると、露出もそうだろうけど、辻斬りの如くパッパッと合わせることが出来たことだろう(実際そういう人がいたかどうかは不明だけど・・・)。愛嬌のあるデザインではあるが、使いこなすにはそれなりのスキルが求められるカメラである。

露出もピントもオートという概念の無い時代、カメラの操作を身体に覚えこませる鍛錬は・・・程度の差はあれ・・・誰もが通らなければならない道であった。 ときには頭を三角や四角にすることもあっただろう。でも納得のいく写真が撮れたとき、きっとワイド使いのカメラマン達は満面の笑みを浮かべて、このカメラを撫でまわしたに違いない。
posted by 生出 at 07:32 | Comment(0) | フィルムカメラ

2016年03月01日

三月


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三月の声を聞いたとたんに冬将軍が暴れ出しました。今になってと云う感があります。会津若松も久しぶりの雪化粧です。積雪量としては数センチなので、生活に支障が出るということはまずありません。

宮森さんのカレンダーに描かれた猫ちゃんではありませんが、先月下旬に盛りのついた猫の声を耳にしました。年々春の訪れが早くなるようです。某企業のカレンダーでは3月だというのに桜の写真が使われていました。僕の季節感とはまったく異なります。世間様の季節感も次第にズレていくのかもしれませんね。
posted by 生出 at 08:01 | Comment(0) | M's works

2016年02月29日

ワンタンと・・・


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ワンタンの大売り出しをしていた。マルちゃんの肉ワンタンである。どんなものかとりあえず買ってみた。結果として期待は裏切らなかった。作り方はいたって簡単。沸騰したお湯にワンタンとスープを入れて2分ほど茹でれば出来上がり。やや多めのネギがポイントである。

実は今回の主役・・・というか思い入れが強かったのがマッシュポテトである。通常は惣菜売り場からの調達で済ますのだけど、たまたまジャガイモがあったので、今回は自分で作ったのであった。これもたまたまなのだけど、キューピーのサイトを見ていたらレシピが載っていて、簡単そうだったのでチャレンジしてみた。

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使ったジャガイモは自分のこぶし大と、その半分の大きさの2個であったが、結構な量になってしまった。作って気がついたのはマヨネーズと塩ってけっこう使うんだなぁ〜ということ。そして割と制作時間もかかる・・・。兼ねてより惣菜売り場のサラダ類はお高いと感じていたのだが、手間ひまかかるのでいたしかたないのかなぁ〜と思った。自分で作ったからこそ初めて気がついたことであった。

さて肝心のお味の方はというと・・・繰り返し味見をしていたら舌が麻痺してしまい何だかよく判らなくなってしまった。そして味見の段階で、すでにお腹が満たされてしまい、全てが出来上がった時点で食欲はほとんどなかったのであった。未熟な主夫として、今後にこの教訓を生かすことができるのかどうか・・・。
posted by 生出 at 07:35 | Comment(3) | 男の料理

2016年02月24日

Tone Poems


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トニー・ライスのアコースティックギターとデヴィッド・グリスマンのフラットマンドリンが奏でるトラディショナル&オリジナルのメロディ。アルバムタイトル「Tone Poems」からもわかるように、詩情豊かな癒し系の音色を堪能できる。

無粋な目覚まし時計の音で目覚めるより、このアルバムで目覚めたのなら、きっと一日が穏やかな時間になるに違いない。昨日までの荒れた心が落ち着くかどうかはわからないけれど、一瞬でも厭なことを忘れさせてくれる効果(効能?)があるかもしれない。

ブルーグラス系の二人の演奏ということで、早弾きのテクニックを期待してしまうのだが、あくまでも美しく、あたたかく、 そしておだやかなメロディが紡がれている。全17曲、思わず聴き入ってしまう。珈琲の香りがあれば、なお云うことはない。

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付属のブックレットには曲ごとに使われたヴィンテージものの楽器が紹介されている。これを見るだけでも、このアルバムを持つ意味があるというものだ。
posted by 生出 at 08:03 | Comment(0) | 音楽

2016年02月23日

鉄火丼


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毎度お馴染み、半値になったマグロの刺身をゲット。200円ちょっとである。普通に食べるのも芸がないので、鉄火丼を作ってみた。なんてことはない、丼飯にただ刺身を乗せただけのことである。食べはじめる段になって、マグロを醤油に漬け込んでおいてもよかったなと思ったのであった。創意工夫のない夕飯であった。
posted by 生出 at 07:41 | Comment(2) | 男の料理

2016年02月22日

Ovation1863 classic


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ボサノバでもやってみるか、と思い購入したのがOvation1863 classicである。しかしその後、ほとんど出番がなくケースの中で休眠していた。ケースを開けるのも恐いくらいで、どのくらいの時間が流れたのかさえ定かではなかった。したたかに酔ったある晩にパンドラの箱・・・ではなくギターケースを開けてみた。Ovation独特の匂いが微かに漂う。

ナイロン弦のためか、スチール弦以上にチューニングが狂っていた。恐る恐るチューニングをしてみたが、さすがに劣化の進んだ弦の音は張りがない。生音はちょっと厳しい感じだった。

とある日、画家のアトリエに持参し弾いてもらった。YAMAHAのTHR10(Ver.2)につないだところ予想外にいい音がして、ちょっとびっくり。画伯の指の動きはいつもより滑らかだし、忘れていたフレーズも自然に弾けたとご満悦であった。

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翌日、うつわのマスターにも弾いてもらった。ギターの音に合わせた唄声が、いつもより伸びがあるように感じた。二人とも弾きはじめると、なかなかギターを離さなかった(笑) 後日、D'Addarioの弦を購入しさっそく張り替えた。やはり新しい弦はいい。お二人にはまた弾いてもらおう。
posted by 生出 at 07:48 | Comment(4) | アコギ

2016年02月19日

カポが・・・


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今日は二十四節季の「雨水」である。氷も融けはじめ、春の訪れを少しずつ実感出来るようになる候である。今冬はすでに春を通り越して初夏を思わせる気温を記録した日もあった。

さてそんな緩みっぱなしの気温の続くある日のことである。10年近く使っていたダンロップのカポが破損してしまった。ネジのストッパーが金属疲労で破断したようで、ご覧のとおりの有様に・・・。暖冬の影響ではないだろうが、カポも緩んでしまったのだろうか。

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それで新調したのがこのカポ「G7th Performance2」である。製品の説明によると・・・「全く新しい発想から生まれた革新的なカポ。特許取得のハブ・クラッチのシステムにより、一度締め付けるとレバーを緩めない限り一定の圧力を保ちホールドします。ゆっくり締め付けることが出来るのでピッチの上がりを抑える事が出来ます」とある。

長年ネジで締めるタイプを使っていたせいだろうか、使っていてしっくりこないのが正直なところ。中途半端な挟み込みだと当然音がビビる。まぁ〜慣れなのだろう。

こちらにメーカーのサイトがあるので、興味のある方はご覧ください。
posted by 生出 at 07:50 | Comment(0) | アコギ

2016年02月17日

Petri FLEX V3


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最近、ペトリとの出逢いが不思議と多い。ペトリフレックスV3、1964年に発売されたカメラである。正面から見ると、いかにも機械式カメラだなという印象。それなりに重厚感もある。細部を見ると相変わらずペトリラしいエキセントリックなデザインが目を惹く。

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まずはペンタ部のビックリマーク似のワンポイント。これはどのようなデザイン的効果を狙ったのだろう?容易く触ってくれるな!との警告?それとも早乙女主水之介の「天下御免の向こう傷」を意識したのか?もしこのマークが主水之介と同じ三日月だったら・・・宣伝に彼(市川右太衛門)をキャラクターとして起用したら・・・。多少売り上げに貢献出来たのではと・・・。その下の数字はシリアルナンバーなのだろうが、なんとも大胆な位置に配されている。

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そしてペンタ上部の中途半端な革の張り方。磯辺餅を焼こうとしたのだけど、海苔が足りなくて餅全体を包み込めなかった・・・そんな印象を持ってしまう。海苔が足りないと餅が手について食べづらいったらありゃしない。

シャッターボタン、ダイヤル、セルフタイマーレバー、外部露出計取り付け用ガイドなどはのちのV6に、そのまま踏襲されたようだ。基本的なシルエットはV6Uまで続く。

人間関係において、ダメ出しを連発してしまうものの、なぜか憎めない奴というのがいる。本当のダメ出しとは単なる悪口ではなく、相手のことを思い、少しでも理想に近づいてほしいと云う極めてポジティブな言葉だと思っている。つまりは相手を成長させる「愛のムチ」でなければならない。しかしいま、ペトリに対してどんなにダメ出しをしたところで、床を叩くムチの音だけが虚しく響くだけなのである。かつてペトリが求めていた愛と、いま僕が求めている愛は結局のところすれ違いで成就することはないのである。
posted by 生出 at 07:54 | Comment(0) | フィルムカメラ

2016年02月16日

宮森さん作品002


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核戦争の果てに滅んでしまった人類。時代がずっと下って、次に地球を支配したのは虫が進化した「昆虫人」。いつしか我々人類と同じように高度な文明、文化を持つようになった。

とある地層を発掘したところ・・・見たこともない動物の化石が発掘された。地層から推定して、約1万年前に棲息していたと思われる生物であることだけはわかった。骨格から見てそれなりの大きさの脳をもっていたようだ。同じ地層から出てきたものは、高熱で飴のように融けた多数の金属、ぼろぼろに砕かれた石の塊。どれも原型をとどめていないほどで、どんな用途で作られたのか、使われたのかも不明である。ただかなり大きな破壊力が加わったことだけは間違いはない。そう考えると、この未知の生物の骨格が残っていたことは奇跡である・・・。

物語はここからはじまる。このあとのストーリーはご自身の妄想力を働かせて創りましょう。
posted by 生出 at 07:54 | Comment(2) | M's works

2016年02月15日

岩波友紀写真展


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来月で震災から丸5年。まるで嘘のように流れてしまった時間。時計の針を戻す術があるならば・・・そんなことを幾度となく考えたことがある。津波に消えてしまった我が子。あの日とは比べようのないくらい穏やかな海、そよぐ風。そんな中、我が子を捜す父の姿。願いはひとつ。もう一度だけ抱きしめたい。ただそれだけ。

フォトジャーナリスト岩波友紀さんの写真展が銀座、大阪のニコンサロンで開催される。ぜひご覧いただきたい。
posted by 生出 at 07:43 | Comment(0) | 写真展・絵画展など

2016年02月10日

コニカT型


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手にすると、大きさからくる印象よりもずっしりとした重みが伝わってくる。ひんやりとした金属の質感がたまらない。1948年(昭和23年)から発売された「コニカT型」で、戦後3年目にして世に出たカメラである(コニカT型の初期型はヘキサノン50ミリ F3.5付で、このカメラの開放F値はF2.8なので1950年以降に作られた改良型)。当時の価格は2万円近くもしたという。大卒初任給(国家公務員)が3000円の時代、庶民にとっては高嶺の花である。国内販売に先駆け1947年には「T型」とほぼ同じスペックの「コニカスタンダード」が対米輸出および米軍PXでのみ発売されていた。

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操作性は時代を感じさせる。フィルムの巻上げは背面のボタンを押してから巻上げノブが止まる所まで回す。巻上げのたびに、このボタンを押すわけだ。レンズは沈胴式で所定の位置まで引き出さなければならない。撮影毎のシャッターチャージも必要。これは現代でも辛うじて存在している大判カメラ用のレンズと同じである。 シャッター速度はB、1、1/2、1/5、1/10、1/25、1/50、1/100、1/250、1/500秒。ピント合わせはもちろん手動。ファインダーを覗くと二重像合致式のピント合わせが意外にもしやすい。これにはちょっと衝撃を受けた。あの時代としては格段に見やすいファインダーだ。言わずもがなだが露出計は内蔵されていない。撮影者が適切な光量をご判断の上、設定下さい、というわけである。

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ネットでこのカメラを検索すると、必ず触れられているのが「MADE IN OCCUPIED JAPAN」のことだ。米国占領下の日本で作られた製品には「OCCUPIED JAPAN」と刻印するようGHQから命じられていた。コニカT型はカメラ底部にこの文字を見ることができる(ちなみに輸出用は軍艦部に刻印されていた)。

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1952年のサンフランシスコ講和条約が発効するまでの間、北米を中心に輸出されたカメラ、陶器、おもちゃ・・・さまざまな製品に付いていた文字である。陶器などは希少価値があるようで蒐集の対象になっているらしい。

終戦直後の混乱にも関わらず、わずか数年の間に・・・数々の問題をクリアしながら・・・「ミノルタ35T」「オリンパス35T」「ニコンT型」などが量産体勢に入った。旺盛な生産意欲から苦境をもろともせず這い上がろうとする日本人の逞しさ・・・国民性・・・を垣間見る思いがするのである。設計者、製造者の誰もが平和な時代を願い「明るい未来をこのカメラで記録してほしい」、戦後間もないあの時代のカメラには、そんな思いが詰まっているのだろう。
posted by 生出 at 08:00 | Comment(0) | フィルムカメラ