2016年05月20日

リコーRICOLET


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こちらが「RICOLET」である。Richoh“35”DeLuxが出る三年前(1953年)に登場した。たった三年でカメラの構造は大きく進歩した。 しかしこのRICOLETもなかなかのもので、フィルム巻上げと同時にシャッターがチャージされる「セルフコッキング」を備えており、これは35ミリレンズシャッターとしては初めてであったという。

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ピント、シャッター速度、絞りはすべて手動で、レンズにそれぞれ調整のリングがある。レンズを包み込むようなデザインが特徴である。これは外部からの衝撃を守るためのガードなのか、デザイン的なアクセントなのか・・・判断に苦しむところだ。いずれにせよ、このカメラの独自性を印象付けるには効果十分である。なんとなくロボットをイメージさせるユニークなデザインだ。

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フィルム交換は裏蓋をごっそり取り外すタイプ。これはニコンFなどと同じである。

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シンプルな構造で、ちょっと手先の器用な人なら直せてしまうのが、この時代のカメラの良いところ。とはいうものの撮影の道具として使えるかというと、そこは疑問符が付くのは致し方ない。ジャンク品扱いで段ボール箱に入れられ、十把一絡げとして扱われるクラカメが多い中、インテリアとして机や棚の上に置かれる固体は、まだ恵まれているほうだ。ちびりちびりアルコールを飲みながら、そのフォルムを楽しむ・・・。カメラ達の余生に寄り添い、静かな時間を過ごすのもいいのかもしれない。
posted by 生出 at 08:22 | Comment(0) | フィルムカメラ

2016年05月18日

リコー35デラックス


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1956年(昭和31年)発売の「Richoh“35”DeLux」である。ちょうど60年前に産まれたカメラ。一見して無表情なマスクが印象的。59年(昭和34年)から放映された「七色仮面」を彷彿させる・・・とは、このカメラを見た僕よりもちょっと年上のお兄さんが発した言葉である。

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なるほど確かに似ている(写真:出展Amazon) カメラにせよ、七色仮面にせよ、なんにせよ・・・同じ時代に産まれたモノは、似通った表情をまとうものだろう。そこに時代を感じるわけだ。

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このカメラを撮る前に、1953年(昭和28年)発売の同じくリコーの「RICOLET」というカメラを撮影した。それに比べると「Richoh“35”DeLux」は大きく重たくなった。内部構造の設計を見直した結果、大柄なスタイルになったのだろう。

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底部に設けられたトリガー(フィルム巻上げレバー)は速写性をユーザーに訴えていたようだったが、小さな手の日本人、とくに女性にとって逆に操作性をスポイルすることになったのでは?と僕は想像している。そもそもターゲットは国内よりも国外だったのかもしれない。底部トリガーは数社のカメラで見ることが出来た。しかし結果的にユーザーには受け入れられなかったのだろう。後に巻き上げレバーは上部位置に定着し・・・さらに時間が下ると消える運命になるとは、この時点では想像すら出来なかったのは無理もない。
posted by 生出 at 08:01 | Comment(0) | フィルムカメラ

2016年05月16日

鈴木登「パステル画」習作展


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鈴木登さんの「パステル画」習作展が、喜多方市押切の珈琲舎うつわにて開催されています。毎年恒例の個展で、楽しみにされている方もかなりいらっしゃると聞いています。「6月4日(土)あたりまでは開催する予定」とマスターがおっしゃっていました。皆様お誘い合わせの上、おこしください。

尚、会場は珈琲舎うつわ二階ですが、上り下りの階段の傾斜がかなりきついです。足元にはくれぐれもお気をつけ下さい。女性の場合、マスターがやさしくサポートしてくれる・・・はずです。また・・・運が良ければ二階に棲みついているといわれている「座敷童」に遇えるかもしれません。
posted by 生出 at 08:28 | Comment(0) | 馴染みの店

2016年05月14日

長芋定食


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アスパラを茹でる。茹でたお湯は捨てないで、味噌汁にも使ってしまう。豆腐とホウレンソウなので、さほど時間はかからない。卵焼きはいつものごとくちゃっちゃと作る。長芋はすりすりすれば出来上がり。刻み海苔をパラパラ、味付けは麺つゆを適当に。リンゴをむきむき。あとは炊飯器がピーピー鳴るのを待つのみ。いちおう海のものから山のものまでは摂取できるメニューではある。欲を云えば、何か一品、魚介類があればよかったかなぁ〜。
posted by 生出 at 21:54 | Comment(2) | 男の料理

2016年05月12日

コニカUA型


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1948年(昭和23年)に発売された「コニカT型」から数えること3年、1951年(昭和26年)には早くも後継機種「コニカU型」が出現した。最大のトピックは「距離計」を内蔵したことであった。当時、国産レンズシャッター式カメラで距離計を内蔵していたのは「コニカU型」と「マミヤ35」だけだった。「コニカU型」にはいくつかバリエーションがあって、A、B、B-m、Fとローマ字をふって、差別化をしていた。具体的な差は・・・Aはヘキサノン 48o F2.0、Bはヘキサー50mm F2.8 またはヘキサー50mm F3.5などであった。実装されたレンズシャッターの種類の違いなど細部の差はもう少しあったかもしれないが、これ以上はわからない。

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写真は「コニカUA型」である。販売は1956年(昭和31年)。シルエットは直線を基調としたデザインだが、エプロン部の曲線が目を惹く。人間工学に基づいた使用感の向上ではなく、見た目のエレガントさを訴えたかったのだろう。構造上の制約からくる、他社との似通ったデザインを打破するために、このようなデザインにしたのがいちばんの理由だったかもしれない。

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左下のエプロン部には24×36との刻印がある。かつて24ミリ×32ミリサイズの「日本判」と呼ばれたフォーマットがあった。工業製品を海外に売って外貨を稼ぐ日本にとって、海外の、特に米国内の需要や仕様に合わせることが必要であった。すでに米国で普及していたスライドプロジェクター、プリンターマスクはともに 24×36(ライカ判)であったため、輸出の統制を行っていたGHQは「日本判」は不適合と判断し、輸出は許可されなかった。

そのため米国に適合したサイズであることを訴えるために、この刻印を付けたのであった。ちなみにニコンは24ミリ×34ミリというフォーマットを作ったのだが、これはGHQから「適合」と判断された。その差はなんであったのか?いまとなっては知る由もない。
posted by 生出 at 07:46 | Comment(0) | フィルムカメラ

2016年05月09日

JOY


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「JOY」は1981年から89年に行われた山下達郎ライブ音源の中から、厳選された曲で構成されたアルバム(89年リリース)である。LP3枚組みの限定盤もリリースされたようだが、いま手に入るのはCD2枚組にまとめられたものである。

今年で発表からすでに27年が経過しているにもかかわらず、あらためて聴いてみても「古さ」は微塵も感じない。達郎曰く「基本的に1曲にアレンジはひとつしかないという主義」で、「常に最高の音を求める」達郎のスタンスが、時代の流れを超越した演奏となり、結果「古さ」を感じさせない「最高のパフォーマンス」になったのだろう。妥協を許さない達郎の強い信念を感じるところである。そして達郎イズムを支えるバンドメンバーの確かな表現・技術力も見逃せない。

有名なミュージシャンのライブチケット取得は難しいのだけど、中でも達郎のライブは抜きん出て難しいと云われている。スカを引いたときは「JOY」を聴くしかないのだが、でもやっぱり会場へ行けなかった悔しさは「JOY」を聴けば聴くほど強くなる?そうそう・・・かなり前からファンの間では「JOY2」を望む声が上がっている。2011年リリースのアルバム「Ray Of Hope」は「JOY1.5」の2枚組みだった。でも「1.5」は位置付けとしてボーナストラックなのである。もちろん音もいいし申し分ないのだけど・・・「JOY」同様、ライブ盤に特化したアルバムとして「JOY2」のリリースを望むものである。
posted by 生出 at 22:45 | Comment(2) | 音楽

2016年05月07日

菜の花畑


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昭和村の国道を走っていたら、この菜の花畑が眼に飛び込んできた。昭和村と云えばカスミソウ、そしてカラムシの栽培が有名だ。山桜も散り、新緑も目立ってきたが、モノトーンが大勢を占める村内にあって、この黄色はインパクトがある。

そういえば・・・去年も黄色の絨毯を見た記憶がある。撮影するほど触手は刺激されなかったのだけど、今春はご縁かなと思ってシャッターを押してみた。ただそれだけのことなんだけどね。
posted by 生出 at 22:50 | Comment(0) | 出逢いの妙

2016年05月05日

玉川林道


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南会津、里の桜もほぼ終わり、新緑の眩しい季節となった。昨年の今ごろと比べてみると、林道に残雪は無くストレス無く走ることが出来る。なんだか物足りないというのが正直なところである。例年だと冷湖の霊泉にすらたどり着けないのだけど、今年は難無くクリア。こうなると人は贅沢なもので、立ちはだかる壁があればなぁ〜・・・などと我が儘なことを思うのである。
posted by 生出 at 22:56 | Comment(0) | クルマ

2016年05月02日

covers


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たまたま新聞を読んでいたら、きょう5月2日は忌野清志郎の命日であることを知った。僕が持っているRCサクセションのアルバムは、この「カバーズ」一枚。帰宅後、さっそく聴いてみる。

その中の一曲、「サマータイム・ブルース」は、いまとなっては「やっぱりな」と。

 暑い夏がそこまで来ている
 みんなが海へくり出していく
 人気のないところで泳いでいたら
 原子力発電所が建っていた
      ・ 
      ・
      ・
 それでもテレビは云っている
 日本の原発は安全です
 さっぱりわかんねえ 根拠がねえ
      ・
      ・
      ・
 原子力発電所がまだ増える
 知らねえうちに漏れていた
 あきれたもんだなサマータイム・ブルース
      ・
      ・ 
      ・
 電力は余ってる 要らねえ
 原子力は要らねえ 危ねえ

当局者のうすっぺらな言葉、保身に走る身のこなしは大したものだと関心(寒心)した次第である。これからもそんな言動は続くんだろうね。見極めるのは、それほど難しいことではない。
posted by 生出 at 22:21 | Comment(0) | 音楽

2016年05月01日

五月


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5月1日、夏も近づく八十八夜・・・と云われたのも今はむかし。西日本の一部では気温が30度を超える真夏日を記録したところもあるとか。明日はさらに気温が上がるようです。環境省のサイトによると、毎年6月からスタートするクールビズも今年は5月からスタートするとのこと。春の緩やかな暖かさを体感することもほとんどなく、容赦ない夏の日差しが襲いかかろうとしています。くれぐれも熱中症にはお気をつけ下さい。
posted by 生出 at 20:55 | Comment(0) | M's works

2016年04月28日

ソースカツ丼


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カツを自分で揚げることはない。いつも惣菜売り場からの調達である。一枚のカツのために手間ひまはなかなかかけられない。サラダはパックサラダで、トマトを切って乗せただけである。納豆はパッケージから器へ移し、自分で刻んだネギをパラパラ。みそ汁はホウレンソウと豆腐。これも自前である。千切りキャベツも自分で刻んだのだが・・・言い訳ではないが・・・いつもよりヘタクソだった。短いキシメンのようになってしまった。包丁がだいぶナマクラになっている。カツにかけたソースはブルドックのとんかつソースである。手間もヒマもあまりかかっていない夕食である。
posted by 生出 at 08:24 | Comment(0) | 男の料理

2016年04月26日

焼き肉定食


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これまであったようでなかったのが「焼き肉定食」である。肉を使う頻度はそれなりにあるものの、実は焼き肉ってあまりやっていなかった。メニューを考えるのが面倒で、尚且つちょっとお腹が空いているなぁ〜というタイミングで作るのがいいみたい。豚バラとタマネギを炒め、火が通ったら焼き肉のタレをかければ出来上がり。

アツアツの焼き肉をいただくには、事前にサラダ、みそ汁などは用意しておくのがいいでしょう。
posted by 生出 at 07:56 | Comment(0) | 男の料理

2016年04月25日

小塩の桜、その後・・・


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2013年5月3日、拙ブログにアップした小塩の桜(左側の樹)であるが、あれから3年経った姿がこちらである。花を付ける枝は、もはや一本のみ。この枝が折れると・・・。

たまたま近くを通りかかったのでよってみた。僕が現地にいたのは30分ほどの間であったが、他に誰一人として来る者はなかった。近隣の人が、僕を不審者だと思ったのだろう。遠巻きに見ていたのが印象的だった。
posted by 生出 at 07:47 | Comment(2) | その他

2016年04月23日

桜と廃校


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昭和55年に廃校となった喰丸(くいまる)小学校。木造校舎は見ているだけで心が癒される。桜が満開だというのに、訪れる人も無く、さびしい校庭だった。

僕は木造校舎を宇都宮市立富士見小学校で経験した(現在は往時の面影はまったくない・・・)。

木造校舎のディテールは、いまだに身体に染み付いている。廊下のきしむ音、強風の時にガタガタと揺れる窓ガラス、暑さ寒さは常に隣りにいたっけ・・・。教室や廊下のワックスがけは、けっこうきつかったなぁ〜。手にワックスの油がついて、石けんで洗ってもなかなか匂いがとれなくてねぇ〜。

給食の前やトイレの後には廊下に設置されていた消毒液に手を浸したのだけど、あの消毒液に匂いと云ったら・・・。
トイレの下駄の音も妙に懐かしく頭に響く。そういえばトイレのことを御不浄なんて云たっけ。

そうそう・・・喰丸小学校、福島県大沼郡昭和村喰丸地区にあります。
posted by 生出 at 22:39 | Comment(3) | 出逢いの妙

2016年04月21日

LOVE WARRIORS


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Tuck & Patti(タック & パティ)が1989年にリリースしたセカンドアルバム「Love Warriors」。

1978年、スタジオミュージシャンだったTuckと無名ヴォーカリストのPattiが、あるオーディションで出会って意気投合しデュオを結成。ライブ演奏には定評があり、1988年にファーストアルバム「Tears Of Joy」をウインダム・ヒルより発表。「ヴォーカル & ギターによるデュエットという特色に立ちながら、音楽のさまざまなカテゴリーや枠や習慣をさえも超えたヒューマンな調和と、それを基盤にしたサウンドの融和を実現している」(ライナーノーツより)。

それにしても印象的なジャケット写真である。一目見て釘付けになった。写真から滲み出てくる二人の絆の深さに圧倒された。何者も二人の世界に立ち入ることはできない。「異なった性格と個性を持つ中心点が二つ並びあい、一つの表現に修練していく自由な楕円の世界がある」(ライナーノーツより)。ふたりの世界を云い得て妙である。
posted by 生出 at 22:04 | Comment(0) | 音楽

2016年04月20日

ミノルタXD


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ミノルタXDは絞り優先AE、シャッタースピード優先AE、マニュアル制御の3つのモードが搭載され、「デュアルオート」と銘打って鳴り物入りで登場したカメラであった。宣伝のキャンペーンガールには、女優で写真家のキャンディス・バーゲンが起用された。たしかXDを購入すると特製の赤いベストがもらえたように記憶している。登場は1977年である。

XD以前、「シャッタースピード優先機」はキヤノンかコニカを、「絞り優先AE機」はペンタックスかミノルタ、ニコンそしてコンタックスのいずれかを選択するほかなかった。一台のカメラが二つのAE機能を搭載するのはXDが世界初で、絞り優先とシャッタースピード優先のどちらがすぐれているかという論争に、とりあえずの決着をつけた。競走というのは、すごいなぁ〜と感じたのは・・・XDの翌年にはマルチモード一眼「キヤノンA-1」が登場。何かとライバル視された二つのカメラであった。XDが上か、A-1が上かという論争もいまとなっては懐かしい。予断だがニコンからフルモードAEと称したFAが登場したのは、二社からはかなり遅れて1983年のことであった。

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じっくりXDを見てみると、道具としての資質はかなり高い。ペンタ部は低めでボディの小型化に貢献している。ネオブラックという上質のつや消し塗装処理が施され、ボディそのものの剛性も高い。しっかり作られたカメラだな、と思う。デザインは異なるものの、XDのボディはライカR4のベースになっている。ファインダーは明るくピントの山もつかみやすい。これは新たに開発されたアキュートマットスクリーンのおかげである。このスクリーンはハッセルブラッドにも供給された優れものである。XDそのものが(多少の不具合があったにせよ)優秀であったことは衆目の一致するところである。しかし評価はなぜか実力ほどではなかった。キヤノンA-1の悪口に聞こえてしまうかもしれないが・・・少々荒削り感のあるA-1に比べ、XDはすべての項目で80点以上。それが逆に個性を弱める結果になったのではないだろうか?

ある項目は飛び抜けて優れているのだけど、別の項目は及第点以下。でもそんな強い個性に人は惹きつけられるのである。XDに足りなかったのはアクの強い個性だったのかもしれない。

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せっかくなので当時のライバル同士を並べてみた。個性の違いがよくわかる。
posted by 生出 at 22:49 | Comment(0) | フィルムカメラ

2016年04月16日

旅の途上


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旅先で何気なく入った蔵の喫茶店。珈琲の芳醇な香り、そしてコクと深みのある味は、苦味しかなかった俺の人生とは大違いだ。俺の人生に足りなかったものが、この一杯の珈琲に詰まっている。

俺の人生、折り返し点は過ぎたかもしれないが、まだまだ人生と云う旅は続く。

さて、そろそろ駅へ行くか・・・。ゆっくり歩いても余裕で間に合う。人生の旅は今からだって十分に楽しめる・・・と宮森さんが思ったかどうかはわからない。今度訊いてみることにしよう。
posted by 生出 at 22:51 | Comment(0) | 馴染みの店

2016年04月13日

オリンパスOM-1(白)


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実にきれいなOM−1(白ボディ)と出逢った。新品同様といってもいいほどの状態。それも初期型のOM−1である。出会った瞬間から目は釘付けになった (笑) プリズムの腐食もまったくなく高倍率のファインダーは覗くだけでも楽しくなってしまう。ひとつ残念なのは露出計が挙動不審であるということ。誕生以来、40数年が経過しているのだから、このくらいは目を瞑るしかない。ボディの状態から推測するに、前ユーザーは撮影よりもカメラを撫でるのが好きなコレクターだったのだろう。

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あらためてOM−1を見てみると、ほんとうにカメラらしいデザインだなぁ〜と感心する。小型のボディは僕の手のひらにジャストフィット。機械式のシンプルな構造もいい。撮影道具として他に余計な機能はいらない。

OMシステムは「宇宙からバクテリア」まで撮影できることをコンセプトに開発された。カメラボディですらシステムを構成するひとつとして位置づけられていた。新しいカメラが開発されても、アクセサリーの互換性を保つスタイルは他社より一歩も二歩も秀でていた。

ただ・・・初期型のOM−1はモードラ装着の際、メーカーによるボディ調整(底板の交換)が必要だった。当時、連写はまだまだ一般的ではなくて「特殊」な撮影スタイルだと考えられていたのだろう。後年調整済みのボディOM−1MDが登場することとなる。MDは巻き戻しレバー(R)の脇に貼られたシールで通 常ボディと差別化されていた。いつの間にかすべてのボディにこの調整が施されMDシール付きのボディはなくなった。

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現在僕の手元にあるOM−D E−M1は、すでに当時のオリンパスシステムとは関係のないカメラになってしまている。これはいたしかたのないことだけど、 せっかくボディのデザインをOMシリーズから引き継いだのだから、システムとしてのコンセプトも引き継いでもらえれば・・・と。
posted by 生出 at 07:53 | Comment(0) | フィルムカメラ

2016年04月10日

花見


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一気に満開となった福島の桜、信夫山の茶屋も大賑わい。先週の金曜日、毎年恒例の花見を行った。茶屋の中はこんな感じ。

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むかしは、この茶屋の他にもテントがあったらしいんだけど、いまはこの「どんとこい」だけである。福島市民であれば知らない人がいないくらい有名な茶屋なのである。

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ちょっととっぽい感じのおじさんと約2時間ほどたのしいひとときを過ごしました。肝心の桜を見た記憶がないのは、いったいどういうことでしょう(笑)
posted by 生出 at 22:32 | Comment(0) | その他

2016年04月06日

FOLK SONG


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1993年11月にリリースされた南こうせつの「FOLK SONG」。収められているのは・・・「ともだち」「花屋のある通り」「空飛ぶくじら」「冷たい部屋の世界地図」「寒い国から来た手紙」「涙はいらない」「生活の柄」「上を向いて歩こう」「時計をとめて」の9曲、すべてカバー曲である。

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拓郎、陽水、泉谷、高田渡・・・などの歌声、そしてオリジナル曲のアレンジが耳にこびりついているので、このアルバムは全体的に「さらり」としたフォークソング調という印象。まぁ〜こうせつ風アレンジを楽しむにはいいかもしれない。日曜の午前10時頃、ドライブをしながら聴くのが僕的にはベスト。それにしてもこうせつの歌声って、むかしから変わらない。これってすごいことなんだなぁ〜といまさらながらに思うのであった。
posted by 生出 at 07:48 | Comment(0) | 音楽