2016年11月27日

ネギトロ丼


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マグロのすき身が安かったので、ネギトロ丼を作った。刻んだネギをすき身に混ぜれば出来上がり。今回は長芋をすって、その上にネギトロを乗せる。長芋には刻み海苔を、ネギトロにはゴマをパラパラとふりかける。わさび醤油を適当にかけていただいた。チョー簡単、お手軽メニューです。どうぞお試しください。
posted by 生出 at 16:53 | Comment(0) | 男の料理

2016年11月25日

36回目の入選


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 戦場で 若葉マークの 自衛隊

今回は時事川柳でしたね。世界平和を維持するため、災害救助のため、復興のため・・・などなど自衛隊が活動する範囲は国内外、多岐にわたっている。そのことは多くの国民が支持をしているところだと思う。ただし今回は駆けつけ警護という、なんだかよくわからない任務である。

これは国連司令部の要請を受けて、武力勢力に襲われた国連職員、NGO職員、他国の兵士を助けるというもので、当然武器使用が前提になる。武器使用に関しては自衛隊の派遣部隊長が要請内容を踏まえて判断するという。まぁ〜常識的に考えて、武力勢力と対峙すれば武器が使われることは必至であろう。

誰も傷つかずことが済めばいいのだが、今回ばかりはそうはいかないのでは?

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店の奥では、宮森さんがカレンダー作成にいそしんでいた。陳腐な言葉だが、悪いことは何も起こらない、そんな年になってほしいものだ。
posted by 生出 at 12:35 | Comment(0) | M's works

2016年11月24日

ツアイスイコン・スーパーセミイコンタ


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カメラというよりは・・・写真機、それも「寫眞機」と表記した方がしっくりくる、それが1937年(昭和12年)に、独逸はツァイスイコンタ社から出された「スーパーセミイコンタ」である。フィルムサイズはブローニー(2B)で、フォーマットは645のセミ判。ブローニーフィルムはいまでも購入できるから、その気になれば、すぐに撮影現場の最前線でシャッターが切れるわけだ。なにぶん各所の傷みは激しいので、あちこちに不具合は発生するが、そこは眼をつぶればいいだけの話である。 中古カメラとお付き合いするには、寛容な心を持つことが肝要である。

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さてこの冩眞機には、高性能な距離計が付いている。レンズ前玉に連動するギアを回して測距する。ギアの後部には小さな虫眼鏡のようなレンズがあって、このレンズを通った光がボディ側の二つの窓に入り測距する。虫眼鏡に見える部分は、非常に精密なプリズムで、この寫眞機のキモといってもいいだろう(ドレイカイル方式と云うそうな)。見た目は、さもないレンズにしか見えないが、素人が不用意に分解をしようものなら、とんだ火傷をする。時に好奇心は寿命を縮めてしまうことにもつながるので肝に銘じておこう。

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スプリングカメラの王道を行くのが「スーパーイコンタ」シリーズで、写真のセミ判の他、6×6、6×9もあり、各フォーマットで微妙に意匠の異なる機種があったようだ。世界的名機といわれただけあって、各国から亜流がいくつも派生した。しかしながら「スーパーイコンタ」を凌駕する「冩眞機」は、ついぞ出てこなかった。これはレンジファインダーのライカにもいえる。

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冒頭に書いたように、中古カメラの経年劣化はいたし方のないことだ。でもデジタル化された現代においても、十分使えるだけの耐久性を備えていることに驚きを隠せない。職人魂をひしひしと感じるのである。「冩眞機」は一生ものといわれた時代。「スーパーイコンタ」も家一軒ほどの値が付いていた。鷹の目と形容されたテッサー7.5センチは、少々の曇りはあるものの、レンズの畔に立ち、深淵を覗き込むと・・・何か哲学的な真理すら感じる・・・とまで書くと云い過ぎか。
戦前・戦後のツァイスレンズは、シリアルナンバーから正確な製造年がわかる。

posted by 生出 at 22:27 | Comment(0) | フィルムカメラ

2016年11月22日

岡本おさみ アコースティックパーティーwith吉川忠英


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2015年11月30日、作詞家「岡本おさみ」さんがお亡くなりになった。まもなく一周忌。早いものである。
岡本さん、拓郎のコンビで数々の名曲が生まれている。

「おきざりにした悲しみは」 「野の仏」 「ひらひら」 「都万の秋」 「落陽」 「花嫁になる君に」 「地下鉄にのって」 「こっちを向いてくれ」 「りんご」 「祭りのあと」 「まにあうかもしれない」 「ビートルズが教えてくれた」 「制服」 「旅の宿」 「襟裳岬」・・・ 

いずれも初期拓郎の代表曲であり、拓郎フリークの僕にとって、思い出が詰まっている大切な曲ばかりである。

「岡本おさみ アコースティックパーティーwith吉川忠英」は2003年にリリースされた。岡本おさみが作詞した曲を、ギタリスト吉川忠英がアレンジ&演奏をし、南こうせつ、福山雅治、加川良など13人のミュージシャンがカバー。オリジナル曲とは異なるテイストを醸し出している。ちなみに11曲目「たまには、雨も」で 岡本おさみが、最後の13曲目「祖国」を吉川忠英が歌っている。

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第二、第三のパーティーを考えていると、ご本人はおっしゃっているが、いまとなっては遺志を継いでいただける方達に尽力していただく他は無い。
posted by 生出 at 07:51 | Comment(0) | 音楽

2016年11月21日

フォーク酒場


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数ヶ月ぶりに参加した「フォーク酒場」。これまでで最多の40名近い参加者だった。会場の雰囲気はご覧のとおり。今回は午後6時にはじまり午前12時半で終了。青春とフォーク酒場の時間は、あっという間に終わってしまう。いや、あの頃の気持ちがあれば、いまだって青春さ。
posted by 生出 at 08:18 | Comment(0) | 音楽

2016年11月18日

豚バラ トマト巻


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割りと感化されやすいところもある僕なのであった。映画「深夜食堂」を見ていたら簡単で美味しそうだったのが「豚バラ トマト巻」であった。で、さっそくトライしてみる。映画の中では焼き鳥のように串に刺してあったが、あいにく串が無かったので、ご覧のように見た目ヘルシーっぽくなるように盛りつけた。

作り方はいたって簡単。プチトマトに豚バラを巻くだけだ。巻き方は、子供の頃、泥団子を作った時の要領を思い出せばよい。中途半端に巻くと、焼いている間に肉がびろ〜んと広がってトマトが出てしまう。味付けは塩、胡椒を軽くふっただけ。予め肉にバジルといっしょにふっておいたほうがいいかもしれない。

なんといってもアツアツをおすすめしたい。そして一口で食べること。半分だけ、なんてお上品なことを言っていると、かじった瞬間、ぴゅ〜っとトマトの中身が飛び出すこともあるので要注意。
posted by 生出 at 07:51 | Comment(0) | 男の料理

2016年11月17日

不機嫌な彼


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2013年4月30日以来の登場となった「さいとうくん」改め「かわさきくん」である。なぜ名前が変わったのかというと・・・記憶を辿ってみると、似ていたのは「さいとうくん」ではなく「かわさきくん」であることが判明したからなのだ。表情は相変わらずだ。

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彼の取り巻く環境は、より厳しいものになったように感じた。ペットボトルも花も無く、やや荒涼とした風景が広がっていた。彼の心を象徴しているのだろうか・・・。
posted by 生出 at 12:45 | Comment(0) | 出逢いの妙

2016年11月15日

三河小田川林道


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いちぶサイトで通行可能との情報があっったので、2012年以来4年ぶりに入ってみたが・・・結局通り抜けることはできなかった。いや、出来たかもしれないが、単独行では、どうしてもビビる気持ちが先行してしまう。ジムニーなら行けたのに・・・などと言い訳をするのであった。ジムニー、ほしい・・・。最近、ジムニーへの熱が再燃している。
posted by 生出 at 08:44 | Comment(0) | クルマ

2016年11月13日

磐越西線・SLばんえつ物語


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にわか鉄ちゃん、約5ヶ月ぶりの登場である(笑) 今回は磐越西線を走るC57と遭遇した。所用があったので通過するつもりだったが、待ち時間が10分くらいだったので撮影をしてみた。喜多方駅発15時51分の新潟行き。夕陽が反射するボディは、いかにも重量級である。間近で見ると迫力満点!あっという間に過ぎ去り、残った煙の匂いに、旅情をかりたてられたのであった。
posted by 生出 at 19:35 | Comment(3) | にわか鉄ちゃん

2016年11月09日

コンタフレックス スーパー


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1959年といえば、云わずと知れた「ニコンF」が産まれた年である。同じ年、西ドイツのツアイス・イコン社から産声を上げたのが「コンタフレックス・スーパー」であった。当時の販売価格は「ニコンF」がオートニッコール50ミリF2.0付きで67.000円、「コンタフレックス・スーパー」が50ミリF2.8付きで96.500円。ちなみに大卒初任給が約1万4千ほど。いかに高価であったかがわかる。カメラそのものが贅沢品、まして舶来品となれば、なおのこと値が張るわけである。

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ペンタ部に張り付いているのはソーラーパネルではなく「セレン露出計」の受光部である。この時代の定番。ボディの作りは、非常に精緻で手抜きの無さはさすがドイツ製である。ずっしりとした重さから剛性の高さもうかがえる。

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フィルムカウンターは36からスタートしてカウントダウンをする。フィルム装填後、ユーザーが手動で36、もしくは20枚・・・など撮影可能枚数を合わせなければならない。

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ASA感度は10〜1300の間で設定できる。ドイツ製なのにDINではないのが不思議なところ。端からアメリカへの輸出を意識していたのだろうか?感度ダイヤルは、絞り値設定も兼ねている。シャッター速度を選び露出計の針が真ん中に来るよう絞りを調整する。このカメラの特徴として、一度露出値を決めてしまえば、シャッター速度を変えても絞り値が連動するところにある。シャッター速度優先・自動露出のマニュアル版とでも言うべきか。極端に明るさが変わった場合は、もういちどシャッター速度を変えてから合わせる必要がある。

シャッターはレンズシャッター式。速度はB,1〜1/500。シャッターを切るとファインダーはブラックアウト・・・つまり真っ暗になる。フィルムを巻き上げるとミラーが元の位置に戻り、ファインダーが覗けるようになる。交換レンズが数本用意されていたようだが、一眼レフのようなバヨネット式マウントは備えておらず、レンズの前玉のみを交換する。構造的に極端な長玉や広角はなかったかもしれない。

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裏蓋はごっそり引き抜くタイプ。裏蓋を小脇に挟んでの交換は、雨の日などは、きっと苦労したに違いない。何かと不便な操作方法を強いられるわけだが、高級カメラを手に入れた喜びは、きっと多少の苦労などは打ち消す魅力を持っていたことだろう。
posted by 生出 at 08:25 | Comment(0) | フィルムカメラ

2016年11月08日

ホウレンソウとベーコンの醤油炒め・バター風味


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時間短縮メニューで、たまに作るのがこれ、ホウレンソウとベーコン炒め。ホウレンソウとベーコンは、食べやすい大きさに切っておく。油を敷いて、熱したフライパンで炒めるだけ。ホウレンソウがしんなりしてきたら火を弱め、適量のバターを入れ、醤油を回せば出来上がり。炒めるとホウレンソウは想像以上に少なくなるので、フライパンから溢れるくらい使った方がいいかもしれない。主夫を始めたあなた、覚えておいた方がいいですよ(笑)
posted by 生出 at 12:41 | Comment(2) | 男の料理

2016年11月06日

雪の洗礼


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冬将軍の洗礼を受けてきた。場所は山形と福島を結ぶ赤崩林道である。山都町から飯豊町へ抜け、それから林道へとアクセス。数年前、路面は荒れ放題で、手に汗を握っての走行だった。大規模林道「飯豊檜枝岐線」が開通してから、全線を走行したのは初めてのこと。会津側は3年前の豪雨で、大きく路面がえぐられ、とても通行出来る状態ではなかった。

かなり足が遠のいていたので、どんなものかと入ってみた。山形側、会津側共に走行には大きな支障はなかった。ただ、最後の最後、会津側の入り口にロープが張られていて「路肩崩壊 通行止め」の看板が・・・。山形側には何も無かったのに・・・。仕方なくロープを外して抜けたのであった。
posted by 生出 at 17:36 | Comment(0) | クルマ

2016年11月03日

鍋の前で・・・。


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おいしい鍋を前にすると、こんな笑顔になる・・・これが普通でしょう。呑み喰い処「だいじょうぶ」で宮森さんが見せた最高の笑みです。これに勝る笑みは・・・そうはありません。
posted by 生出 at 22:57 | Comment(0) | 馴染みの店

2016年11月02日


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寒い夜は、やっぱり鍋かな。冷蔵庫の中を整理するには最適なのかもしれない。くたびれた白菜、エノキダケ、長ネギ、そして豆腐・・・。一気に消費出来るというメリットは大きい。ツミレだけは新調したもの。いつものようにミツカンのポン酢でいただいた。しかし・・・出来上がったばかりを撮影したのに、まるでシズル感がないのはどういうこと?
posted by 生出 at 23:47 | Comment(2) | 男の料理

2016年11月01日

十一月


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今年も二ヶ月を残すのみとなりました。すでに初冠雪した山の知らせがいくつか届いています。山はすでに冬の様相なのでしょう。山に入る方は万全な装備が必要です。山に入らない人も冬支度を怠りなく・・・です。すでにインフルエンザが流行りだしました。
posted by 生出 at 21:51 | Comment(0) | M's works

2016年10月31日

秋のライブ


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事後になりましたが・・・会津美里町の東尾岐の天宝山荘にて、日大ジャズ研のメンツを中心とした長嶺バンド、末永マークさんのライブが開催されました。

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そして、私も2曲ですが、ギターインストを披露いたしました。

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それではまた(笑)
posted by 生出 at 21:57 | Comment(0) | 音楽

2016年10月28日

コニカL


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写真は男が撮るもの・・・そんな偏ったイメージに支配されていた時代があった。実際、職業写真師は、ほぼ100パーセントが男だったし、アマチュアも男が大勢を占めていた。女性の社会進出もいまほどではなく、家計を支える男が全権を握っていたわけだから、カメラが家庭にあったとしても、男が占有するのが当然という空気があった。

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1961年発売の「コニカL」は、女性をターゲットにした初(?)のカメラだった。ネーミングの「L」は「Lady」と「Light」の頭文字からとったという。前出の「フジペット」は子供用、そしてこちらは女性用である。メカ的な部分は、フジペットより進化していて、幅広いシチュエーションに対処できるようになった。シャッタースピードは B、1/30〜1/250秒で、レンズは開放F値が2.8のヘキサー40ミリが装着されている。最短撮影距離は1メートル。

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露出計は電池不要のセレン式。露出計の針が真ん中に来るよう、レンズのグレーリングを回して調整する。ピント合わせは目測である。距離が刻印されているレンズの先端部を回して、撮影者が感覚的に合わせる。このあたりの操作は、メカに弱いといわれている女性にはありがたかったのでは?メカに五月蝿い男の眼には「物足りない」と映ったことだろう。

話は変わるが、写真教室に参加した人たちを見ていると、男はメカの話では盛り上がるが、女性は撮影そのものを楽しむ傾向が強いように感じている。撮影した写真を見せてもらうと、感覚的に捉えた女性の作品にいいものが多い、なんてことがままあるのである。実は女性は写真撮影に向いているし、そしてうまい・・・というのが僕の印象である。

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さて、フィルムを装填するために裏蓋を開ける。ご覧のようにユニークな開き方をする。コニカ(当時は小西六写真工業)製であるからして、サクラフィルムを装填してね、のシールが眼を惹く。

当時としては小さなボディサイズ、シンプルな操作など、女性向きのこのカメラがどれほど支持されたかはわからない。しかし女性が新しい分野へ進出する、ひとつのきっかけにはなったでないだろうか・・・と僕は思ったのであった。
posted by 生出 at 12:42 | Comment(0) | フィルムカメラ

2016年10月25日

Nashville Skyline


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1969年にリリースされた「Nashville Skyline」は、これまでのディランの印象をくつがえすアルバムだ。なんといっても歌声が別人かと思わせるほど甘く美しいのだ。独特のしゃがれ声を聴くことはできない。そしてカントリー調の馴染みやすいメロディーが続く。インストゥルメンタルの曲もあり、当時、ファンを大きく裏切ったと評する人もいた。逆に言えば、ディランのしゃがれ声にアレルギー反応を起こす人には聞きやすいアルバムとも云える。ファン以外の人に、アーティスト名を伏せて聞かせたら「Bob Dylan」と気づく人はいないと思う。

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「ノーベル文学賞」受賞に関する報道で、同賞選考委員の一人が「本人といまだに連絡がとれない」のは「無礼で傲慢」であるとディランを批判。ディランはとても気難しい人間だといわれている。彼の公式サイトには一時、受賞の表記があったようだが、いまは削除されている。授賞式に本人が出席するかどうかはわからないけれど、受賞を大いに喜ぶ人と、ディランのような人と、偉大な賞に対する態度の違いは・・・実に面白い。

ファンはお気に入りのアーティストに「らしさ」を求めるのが常である。表現において新しい切り口や手法を変えたりすると、すぐに非難や批判されるのも常である。「Nashville Skyline」のように、ファンを大いに戸惑わせたディラン。少々のこと(?)で驚いてはいけないのかもしれない。
posted by 生出 at 12:36 | Comment(0) | 音楽

2016年10月24日

35回目の入選


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35回目の入選の宮森さんである。

 あがらんしょ 避難解除で 草鞋脱ぐ

東日本大震災の被害で仮設住宅などで過ごすこと5年あまり。原発事故のダブルパンチをくらった地域の人にとって、待ちに待った帰宅である。

長い旅を終え、我が家へ帰れた喜びはいくばくか、はかりしれない。通常の旅であれば、それなりの充足感はあるだろうが、強制的に移動させられ、且つ隣家の音が筒抜けの仮設という劣悪な環境からようやく解放されたのである。しかし地域のコミュニティは震災前とは比べものにならないほど崩壊したままだ。かつての平穏な日常を送るには、まだまだ時間がかかる。

我が家に帰れた本人も、訪ねてきた知り合いも、刹那的には草鞋を脱ぐ思いでホッとするだろうが前途は多難である。そういう意味において、この作品がうたっている内容は深い。

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ひまわり娘ならぬ、ひまわりオジサンの宮森さんである。気休めになるかどうかはわからないけれど、宮森さんの姿を見て一瞬でもいいから安堵感を感じていただければ幸いである。福の神と云われている「仙臺四郎」並のご利益が、もしかしたらあるかもしれない。さっそくプリントして部屋に飾りましょう。
posted by 生出 at 22:17 | Comment(2) | M's works

2016年10月20日

ペンタックス645


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初代「ペンタックス645」の発表は1984年、32年も前のことになる。来たるべくネット社会のことなど一般人は想像すらしていない時代である。もちろんデジカメのことも・・・。発売のニュースはアサヒカメラだったか、日本カメラだったかは忘れたが、いずれ誌面の速報からであった。84年というと、僕はまだ自然風景を撮っていない。ニコンF2にトライXを詰めて、たまに街角スナップをする程度だった。なので、発表時はまったく興味がなかった。

実機を手にしたのは92〜3年頃だったように記憶している。645の前はペンタックスの6×7、45ミリ、75ミリ、90ミリ、135ミリ、200ミリで風景を撮影していた。6×7の大きく重たいボディ、三脚にしっかり固定してもシャッターを切るとボディの揺れが見えるほどの衝撃は、はっきり言ってメンタル的にあまり気持ちのいいものではなかった(笑) なのでレンズシャッターのマミヤRBに切り替えようか、などと考えもしたが財力の関係でそれは諦めた。

ストレスとはいかないまでも、解決策はないものかと考えを巡らせて、辿りついたのが「ペンタックス645」であった。カタログを見るとアダプタを介して6×7のレンズの装着が可能であることが判明。これが決定打となり購入を決めた。

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いざフィルムを詰めて撮影をしてみると、その軽快なシャッター音、巻き上げ音は実に心地よかった。ミラーアップは出来なかったものの、ショックは6×7に比べて遥かに小さく、当時はその必要性はあまり感じなかった。

操作は上部に集中している。ボタン操作は同社35ミリ判のMEスーパーを発展させたようなイメージ。露出補正は±1段ずつだったが、僕はマニュアル露出だったので、最後まで露出補正ボタンには触らなかった。

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ハッセル、マミヤ、ブロニカのようなフィルムバックの途中交換は出来ない。一本のフィルムを取り終えてから別のフィルムを装填する。使用するのはいつも同じフィルム(ベルビア50)だったので、この点に関しても不便さはまったく感じなかった。

平行してシノゴの撮影もしていたので、いつしか645はサブカメラ的な位置づけになってしまったが、カット数を稼ぎたいとき、機動性が必要な撮影ではメインとして使っていた。

645の発表の翌年に35ミリ一眼レフは本格的なオートフォーカスの時代に突入した。ミノルタα7000の登場である。その後も645はしばらくわが道を進む。しかし97年には645も遂にオートフォーカス化されることになる。「645N」の登場である。01年にはミラーアップも可能となった「645NU」へと進化した。フィルムの645シリーズも、いつしか終焉のときを向かえ、その後、645Dから現行の645Zとなる。

現在、裏磐梯の有名な撮影地辺りで周囲を見てみると、ほぼ100パーセントに近い割合でデジカメが幅を利かせている。でも極稀に、あの645独特のフィルム巻上げ音を耳にするときがある。そんなとき僕は反射的に音のする方を見てしまうのであった。
posted by 生出 at 12:33 | Comment(2) | フィルムカメラ