2014年05月13日

ミノルタα7000

 
 α7000-1.jpg

ミノルタα7000が世に出たのは1985年のことだった。その衝撃はいまでも覚えている。遂に来るべきところまで来たか!との印象を持った。

写真撮影の難しさに絞りとシャッタースピードの組み合わせがあるわけで、適切な値を瞬時に設定するのは、どうしてもそれなりの経験が必要だった。プロやハイアマにとって、それは腕の見せ所であったわけだが、すでに露出のオート化は、かなり前から進んでいて、絞り優先、シャッタースピード優先、そしてプログラムオートと、各社がしのぎを削って、より精度の高いオート露出が開発されていた。

そして最後に残されたのがピント合わせのオート化だった。すでにコンパクトカメラではオートフォーカス機能が取り入れられ、一般コンシューマにも受けいられていた。

このカメラにはいわゆるダイヤルがない。ボタンを押して機能を選択する訳だ。いちど機能を合わせれば、あとは人差し指でシャッターボタンを半押しにすればいいのである。極端な光線状態でなければ合焦、露出はこれでOK(オートフォーカスの出始めの機種なので、もちろんいまのような精度は望むべくもないけど・・・)。

 α7000-2.jpg

このカメラが出たおかげで、左手はおヒマをいただくことになった。たまにカメラに手を添えるくらいで、基本的には大方右手の操作で事足りる。これが技術の進歩の恩恵を受けるということなのだろう。すでにオートマチック車では、左足が失業して久しい訳で、左手、左足は、今後時代が下れば、退化してしまうのでは?と危惧している僕なのであった。
posted by 生出 at 12:49 | Comment(0) | フィルムカメラ

2014年04月22日

オリンパス ペンEES-2


 pen-ees2-1.jpg

昭和40年代はじめ、一般のサラリーマン家庭で「カメラ」を持つのは容易いことではなかった。ましてや小学生が「マイカメラ」を持つ、なんてことは常識の範疇にはなかった。

少しずつ様子が変わってきたのは昭和47、8年の頃だったろうか。小学校5年(宇都宮市立富士見小学校でした)の修学旅行(たしか鎌倉、江ノ島方面)のとき、各クラスの中で2〜3人の児童が首からカメラを提げるようになった。機種は忘れてしまったがリコー、コニカ、オリンパス、ヤシカ、そしてこのペンなどが主流だった。出始めたポケットカメラを何気なくポケットに入れている、ちょっとキザなお子ちゃまもいたっけ・・・。当時はフィルムも高く、一本を使い切るのに半年以上の時間をかける人もいた。

ハーフサイズはご存知のように24ミリ×36ミリのフルサイズの半分、すなわち24ミリ×18ミリのフォーマットだから、単純に一本のフィルムで撮影出来る枚数が2倍だ。お得感は高かった。

 pen-ees2-2.jpg

上の写真ではややわかりづらいが、普通にカメラを構えて撮影すると縦位置の写真になってしまう。横位置写真を撮るにはカメラを縦に構えなければならない。旅先で人物を頭から足まで入れる撮り方には重宝したかもしれない。

あらためてペンを見てみると、実に良く作り込まれている。「プロのサブとしても使える高品質」と「コストパフォーマンスを意識したカメラ」、その相反するコンセプトを実現させた当時の開発チームの意気込みは見上げたものである。そのコンセプトはオリンパスのもうひとつのシリーズであるOMシリーズと共にデジタルカメラとして現在に引き継がれている。
posted by 生出 at 08:49 | Comment(0) | フィルムカメラ

2014年03月27日

ペンタックス67

 
 pentax67.jpg

ペンタックス67、懐かしいカメラである。めまぐるしく移り変わるデジカメとは違い、初期型が発表された1969年から98年まで約30年間製造された。途中、一部仕様が変わったものの、そのスタイルは一貫していた。98年に67Uへバトンタッチされた。

ファインダーは交換式で、写真のカメラにはTTL露出計が内蔵されているペンタプリズムが乗っかっている。この露出計、平均測光なので迂闊に針を真ん中に合わせるととんでもないことになる。まぁ〜慣れればどうってことはないのだが・・・。できれば単体のスポット露出計などがあればベスト。

35ミリ一眼レフカメラをそのままスケールアップした姿は、まさに化け物・・・というわけで別称「バケペン」と云われている。布幕の横走り式フォーカルプレーンシャッター、大型ミラーのショックは凄まじく、同じく67判のマミヤRB・・・こちらはレンズシャッター・・・と比べると、かなりやんちゃである。

シノゴを購入する前、僕のメインカメラだった。なんだかんだで通算3台は手元にあった。ちなみに67のレンズはいまでもアダプタを介して645Dで使用している。シンプルな構造なので故障知らずのレンズである。これからもよき相棒でありつづけるだろう。

posted by 生出 at 16:10 | Comment(0) | フィルムカメラ

2014年03月14日

ニコンFM2

 
 nikon-fm2-d.jpg

初代ニコンFMが発表されたのは僕が高校一年(1977年)の時だった。その後、改良が重ねられFM2〜ニューFM2へと進化。最高シャッタースピードがFMの1/1000(シンクロ速度1/125)から1/4000(シンクロ1/200・・・FM2、1/250・・・ニューFM2)と変わった。

電池がなくても動作する機械式シャッター(縦走り)で、構造もいたってシンプル。写真撮影の基本を学ぶにはうってつけで、写真学生御用達のカメラだった。FMシリーズが発表されてから、FEシリーズと統合されたFM3A(2001年発表)まで20年以上にわたって製造されたロングセラー機である。

つい最近、発表されたデジタルカメラDfはFMシリーズのデザインがモチーフとなっている。

 nikon-fm2-d2.jpg

いまではモニター用のディスプレイが普通に設置されている位置にはフィルムのパッケージや、ちょっとしたメモを入れておくことができるホルダーがある。裏蓋の空きスペースに露出値(EV表)など撮影に必要な情報を貼付けている人もいた。

この個体は宮森さんの店頭で販売されているもので、シリアルナンバーの「D」は店頭のデモ用カメラであることを示している。動作は通常のFM2と同様。
posted by 生出 at 08:47 | Comment(0) | フィルムカメラ