2013年04月30日

再会

 
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田植えにはまだ早いこの日、僕は吸い寄せられるように彼のところへ車を走らせた。周囲の雪はすっかりなくり、徐々に緑が芽吹いていたのだった。心配をよそに彼は相も変わらず苦り切った表情で僕を迎えてくれた。こんな顔を見ていると「歓迎されているのだろうか?」とついつい不安になってしまう。でもこれが彼の精一杯の表情なので致し方ない。

今年は雪が多く、冷たい雪の下で春の日差しを心待ちにしていたに違いない。しかし彼は春を迎えた喜びよりも遥かに大きな苦悩を抱えているような表情だ。それはなんなのだろう?傍らのペットボトルは昨年最後に会った9月から別なものへと差し替えられていた。無造作に枝が突っ込まれていたが、これはどんな意味があるのか?ますます謎が深まる彼なのである。

彼は僕に心を開くどころか、ますます閉ざしてしまったようにも見える。ふと思った。彼にも名前があるはずだ、と。で、僕は彼の表情をじっくり眺め彼の名前を決めた。「さいとう」くんと呼ぶことにした。なぜならT高校の同級生のさいとうくんにそっくりだったからである。名前で呼べば彼も少しは心を開いてくれる・・・かな?
posted by 生出 at 12:50 | Comment(2) | 出逢いの妙

2013年03月28日

梅八分咲き

 
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くだんの梅の木、わずか一週間で、こんなに開いてしまった。見た感じ八分咲きまで一気に来た。日当りのいいところは満開を過ぎたものもある。桜のつぼみも、かなり膨らんできた。今冬はけっこう厳しい気候だったのでノンビリしていたら、いきなり本格的な春になってしまった。実際のところ気持ちの切り替えが出来ていない。準備運動もろくにしないで、いきなり100メートル走のスタートに並んだ感じだ。
posted by 生出 at 23:19 | Comment(0) | 出逢いの妙

2013年03月24日

タヌキ

 
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喜多方市の外れにある集落へ行ってきた。日当りの良いところは、徐々にではあるが福寿草が咲き始めていた。全体として春はまだ浅く、たっぷりの残雪であった。てくてく歩いていると何やら視線を感じた。目を凝らしてみるとタヌキがこちらを見ていた。ここらへんでは別に珍しくも何ともない。普通にいる野生動物だ。でも、太陽の高い時間に姿を見せることはあまりない。長い冬を生き延び、ようやく暖かい日差しを感じられるようになって、少々気持ちがゆるんだのだろうか、逃げようとしない。距離にして15メートルもなかった。やや痩せ気味で、毛並みもあまりきれいではなかった。これから餌になる小動物も増えるだろうから、それまでもう少しの辛抱だね。
posted by 生出 at 22:01 | Comment(4) | 出逢いの妙

2013年03月21日

梅一輪

 
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昨日は彼岸の中日、福島では、ようやく梅の開花が気象協会によって確認された。今日は冬に逆戻りで、一日中冷たい風が吹き荒れた県内だった。とあるところに梅の木の古木があって、強風に翻弄されながらも数輪の花が開いていた。「梅は百花の先魁(さきがけ)」と言われるように、あらゆる花にさきがけて咲き、春の訪れを告げる。実際は梅よりも早い花もあるけれど・・・。

服部嵐雪が詠った「梅一輪 一輪ほどのあたたかさ」を思い出す。まだまだ咲き始めだが、これはこれで風情がある。これから日ごとに暖かい日も多くなり、白い花を楽しませてくれるだろう。
posted by 生出 at 21:56 | Comment(0) | 出逢いの妙

2013年01月26日

寒雀

 
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大寒の頃のスズメを寒雀(かんすずめ)という。この節の雀は脂がのって、とても美味しいのだそうだ。かなり前に居酒屋でスズメの焼き鳥を食べた事があったが、骨が多くて食べづらかった印象しか残っていない。食料事情が、いまよりも悪かった時代なら、貴重なタンパク源となったのだろうが、きょうび、スズメを採る人も、まずいないだろし、一般家庭の食卓にスズメの料理がのることもない。

今日の会津地方は、ところによっては50センチを軽く超える積雪だった(只見は90センチだったとか)。野生の生き物にとって冬はほんとうに厳しい季節だ。枝の上で丸まっているスズメの姿を見ると、ついつい餌をやりたくなってしまう。うつわのマスターは冬になると、パンの耳を彼らのためにストックしておいて、日に何度かまいている。枝の上で「早く餌をくれよ〜」と、なかばおねだりをしているスズメが20羽もいただろうか。まくやいなや、雪の上はお祭り騒ぎ。窓越しから無心に餌をついばむスズメを見るのが、うつわでの風物詩になっている。もちろん捕まえてやろう、などという下心は微塵もない。
posted by 生出 at 23:01 | Comment(2) | 出逢いの妙

2012年09月23日

考える人、その後

 
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あれからどのくらいの時間が経ったのだろうか? 初めての出逢いから数えること5ヶ月弱。僕は考える人の前にボーッと立っていた。まだいましたよ、彼。相変わらずのポーズ、苦み走った表情。あの時のまま変わらない。この再会を喜んでいいのかどうか、僕の気持ちも、いまひとつスッキリしない。

周囲を何気なく見てみると僕が予想だにしなかった事実がふたつ。

ひとつは、周辺の草が刈られた跡があったこと。そしてもう一つは、この写真からは判りづらいのだが、傍らに置いてあったペットボトルが新しくなっていたこと。この二つの事実は何を物語っているのだろうか?花束や線香がなかったので、お亡くなりになられた方にまつわるモノでないことは確かであろう。

やはり恐妻から難を逃れるため、この地へ退避したと見るべきなのだろうか?
触らぬ神に祟りなしとは云うものの、どうしても真実が知りたい、そんな悶々とした気持ちに押しつぶされそうな秋の夜であった。
※前回の写真は今年5月1日をご覧あれ。
posted by 生出 at 23:09 | Comment(0) | 出逢いの妙

2012年09月02日

恋人坂の夕景

 
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恋人坂で染まる空をボーッと眺めていた。明日も晴れて暑い一日になりそうだ。皆様、ご自愛ください。
posted by 生出 at 22:29 | Comment(3) | 出逢いの妙

2012年05月01日

考えるひと


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田園風景が広がる磐梯町を走行中、偶然見つけた「考える人」らしき石像。農道の脇に捨てられているかのように置かれていた。気になって思わずシャッターを押す。

憂鬱そうな表情に何故か惹かれた。考える人というよりは、こんちくしょー!と苦りきった顔にしか見えない。ロダンの作品を真似るなら、もう少し何とかならなかったのだろうか。真似をしようとしたけど、スキル不足でこうなってしまったのか、或いはロダンの作品にインスパイアされてオリジナル作品を創ったのか・・・。創作の意図は、まったくもって不明である。

完成までには、きっとそれなりの時間がかかったはずだ。なのに、この仕打ちはちょっと寂しい・・・。
僕が想像するに、これは作者自身の姿なのではないだろうか。作者は案外、仕上がりに満足していたのだろう。しかし奥方の逆鱗に触れ、泣く泣く人目のつかない、この地に置いたのだ。奥方にすれば、旦那と同じ顔の像が庭の真ん中にでぇ〜んと置かれることに耐えられなかった。

「早く捨ててきなさいっ!」
鶴の一声である。

旦那はたまにここに来て、彼、つまり自分自身と会話を交わすのである。像の後ろに置かれたペットボトルは、そのとき酌み交わしたお茶かなにかなのだろう(かなり変色しているのが気になる)。「お前も俺も似たような境遇だな」なんて話をしたかどうかはわからないけど、僕には苦りきった表情の意味が、ほんの少しわかったような気がした。

覚えていたら、また来てみよう。
posted by 生出 at 22:39 | Comment(2) | 出逢いの妙