2013年03月23日

吾妻連峰

 
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吾妻小富士の雪ウサギも、日に日に痩せてきた。ちゃんと目も付いて、春の野に飛び出すのも時間の問題。すでに東京では桜が満開だとか。狭い、狭いと云っても、やっぱり広い日本列島。何かにつけ温度差があるのは、むしろ当然のこと。
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2013年03月11日

3月11日

 
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間もなく、あの日のあの時間になる。時は流れ続け休むことを知らない。しかし2年前の、あの瞬間から心が止まってしまった多くの人たちがいる。
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2013年02月28日

μSv

 
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福島市のとある場所である。ここに限らず除染作業があちこちで行われている。除染については環境省のサイトを見てもらうとして、いつのまにやらμSv(マイクロシーベルト)という単位がすっかり耳に馴染んでしまったということに僕自身驚いている。放射性物質に汚染された地域に住む人なら知らない人はいない。世の中にはいろんな単位があるが、出来ることならお近づきになりたくはなかった。
ちなみにこの場所は花見や芋煮会などで賑わう場所で、震災以後、除染作業が開始されるまでは普通に市民が利用していた。いたずらに不安感をあおったりする情報もあるのだろうが、実際のところはどうなのだろうか、僕にはさっぱりわからない。この0.30μSv/hという数字は除染が終わった時(昨年の11月8日)の数字であって、いまはどうなの?ここにいても大丈夫なの?健康に影響はないの?テレビやラジオでは連日、お約束のように各地の線量についての報道がある。それは単に数字を発表するだけの、実に機械的なものだ。
多くの情報が錯綜する中で、素人はあたかも「それ」について知ったかのような感覚に陥ってしまう。いわゆる摺り込みが知らず知らずのうちに行われてしまい、誰かの都合のいいよう、操作されやすい人間に改造されてしまうのではないか?などと下衆の勘ぐりをしてしまう僕なのであった。
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2013年02月26日

1000年に一度の牙


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2月も今日を入れて三日。3月になると、あの日が近づく。1000年に一度と云われる大震災。それを経験してしまった多くの人の人生が否応無しに翻弄された。
昨日、南相馬市を訪れてみた。無性に海が見たかったのだ。震災以来、海を目にしたのは初めてだ。住宅地を通り海へ向かうのだが、あるところを境に急に視界が広がる。あたりは突如として殺風景な風景へと一変した。冷たい風が吹き付け、土ぼこりが舞い上がる。車から降りるのも躊躇するほどの強さだ。
意を決してカメラを抱え外へ飛び出す。一気に堤防を駆け上がると白波が立つ太平洋が目に飛び込んできた。風はことさら強くなり、立っているのがやっとの状態だった。
堤防の上には、津波の被害にあった瓦礫なのだろう、夥しい数のビニール袋が積まれていた。かつては人々の日常を支えていた大切なモノ。それが無造作に置かれている。その光景は筆舌にしがたいほどだ。人が創った文化、文明とはかくも脆いモノなのか・・・。
自然はたくさんの恵みを僕たちに与えてくれる。それが当たり前のことだと思った瞬間、自然が牙をむけた。長い地球の歴史の中で、これほど破壊力を持った津波は、そうあるものではない。しかし、僕たちは1000年に一度と云われる自然の牙を経験してしまった。
堤防の上に立ち、海と陸とを見ていたら涙があふれてきた。
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2013年02月14日

ガラスの小瓶

 
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作業用のデスクにガラスの小瓶が置いてある。4年ほど前に珈琲舎雅で購入したものだ。お店に飾られているときから、この葉っぱが入っていた。確かサツマイモ系の植物だったように記憶している。そのうち枯れるだろうとタカをくくっていたのだが、今日現在、ご覧の姿で健在である。ほとんど放置に近く、世話などはしていなかった。幾度か枯れかけたものの、奇跡的に命を繋ぎ止めていた。昨年の秋だったか、いよいよ危ない状況を迎え、冥土の土産に珈琲でも飲んでくれと少量を注いだところ、それまで1枚しかなかった葉っぱが、あっという間に増えた。ちょっと驚きである。こうなると情が移り、日々愛でることになるわけだ。気がつくと声をかけていたりして・・・。物言わぬ植物でも・・・いや、物言わぬ植物だからこそ、愛情を注ぐと素直に応えてくれるのかもしれない。そういえば今日はバレンタインデーだった。きっと様々なドラマが繰り広げられたことだろう。まずは、素直に相手の気持ちを受け入れよう。貴方のことを思ってくれる人がいる。こんな素晴らしいことはない。あとは時間が真実を見せてくれるし、感じさせてもくれるさ。
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2013年02月01日

データ通信

 
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僕がパソコンを購入したのが2002年。Mac OS・X(10.3.9)だった。現行機種は同じくMac OS・X(10.6.8)で、すでに型落ちである。いまさらながらデジタル機器の移り変わりの早さを感じている。USBに接続しているのは、データ通信用のモデムである。以前に比べて通信速度も上がり、まぁ〜快適なネットサーフィン(もはや死語?)の日々である。それにしても写真、音楽という僕の人生で大切な二つが、パソコンという装置を介していることに、少々違和感を覚える。人間、生きているうちは、何かの、誰かの手のひらの上に乗らざるを得ないのが宿命と知りつつも、この小さな装置に振り回されているのかと思うと、滑稽ですらある。
どんなにパソコンに詳しくとも、それを操作する人間の感覚(表現力)が磨かれることはない。デジカメにも云えることで、多機能な機種の操作に長けていても、それがイコール、人の感覚・感性を刺激する写真が撮れることとは、まったく別次元の話だ。
そういえば写真学校の先生が、こんなことを云っていた。「写真の技術は教えられるが、どうすればいい写真が撮れるかまでは教えられない」。そんな言葉をなぜか、いま思い出した。
posted by 生出 at 08:39 | Comment(0) | その他

2013年01月31日

白鳥

 
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吾妻小富士を撮影した日、ついでに阿武隈川にも行ってみた。福島市中心街からも近く、多くの人たちが白鳥を見にきていた。餌付けされているせいだろう、人の姿を見るとよってくる。川岸に下りる僕の姿を見るや、さっそくこちらに進路を向ける。目がおねだりをしているのがよくわかる。野生動物が媚びちゃだめだろ〜、と思ってしまったが、これも人間が餌を与え続けたための結果である。
ぷかぷかと浮かびながら、僕のすぐそばまで来た彼らではあるが、手ぶらであることが判ると、まったく関心をしめさなくなる。ややすると白鳥達が、いっせいに川から上がりはじめた。何かと思い見てみると、ビニール袋がパンパンになるほどパンを詰めた人が来たのだった。白鳥だけでなく鴨も、カラスもスズメも、写真撮りもそちらへ移動する。
僕は、誰もいなくなった川岸でひとりたたずんでいたのだった(笑)
posted by 生出 at 08:43 | Comment(2) | その他

2013年01月28日

吾妻小富士


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今日は所用があり福島にいた(笑) 週末の荒れ模様とは打って変わって、穏やかな空が広がっている。西に目をやると、吾妻小富士が、その勇姿を見せてくれた。山が見えると、ホッとする。同じ山を見ても、人によって思いはそれぞれなんだろうなぁ〜・・・などと思いながらシャッターを押した。
斜面右側に雪ウサギの出来損ないが見える。よく見てみると子ウサギを背負っている。こんな日には、きっと山から飛び出して思う存分跳ね回りたいのだろう。
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2013年01月06日

スノーシュー

 
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冬の撮影でなくてはならないのがスノーシューである。購入したのは、たしか今世紀に入って間もなくであったように記憶している。2カ所ほどビスがとれてしまっているが、いまのところ歩くのに支障はない。酷使に堪えて、よくがんばってくれている。感謝の意を込めてレンズを向けた。
posted by 生出 at 22:30 | Comment(4) | その他

2012年12月10日

アトリエにて

 
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縁があって、ある画家のアトリエにお邪魔した。以前から親交があり、このアトリエにも数回泊まった。もちろんその都度、痛飲するのだが・・・。この週末、数ヶ月ぶりお邪魔してきた。そしていつものように、また痛飲。アトリエは変わらず絵の具の香りが充満している。でも何故かそれが落ち着くのだ。クリエイティブな空間に身を置くと、世俗に蔓延る下衆なものとの縁が切れ、身も心も解放される。
キャンバスに向かうと画家の手は、躊躇することなく動き始める。そんな画家の姿を見ていると、人類最古と云われているラスコーの壁画を彷彿とした。人類が表現をすることを覚えたのが、いったいいつのころなのか、それは定かではない。ラスコーの壁画が約15,000年前とされているが、それより以前から人は何かを描いたことは想像に難くない。人が表現をする方法として「描く」ことを始めてから今日までの永い歴史を思うと、画家の肩越しから、表現の奥深さをシミジミと感じたのだった。
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2012年10月19日

iPod classic

 
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さて、iPod classicである。今更という感じではあるが、手元に置くことになった。容量は160GB。Appleによると4万曲を入れることが可能、ということだ。で、ここ数日間はせっせとCDをこいつに入れることに精を出している。今日現在1600曲が入っている。ちなみに残りは142GBである。

手のひらにスッポリと入るこのサイズの何処にそんなスペースがあるの?なんてことを感じているのは、やっぱりオジさんになった証拠なのだろうね。容量もさることながら、音質もそれなりである。オーディオにうるさい先輩に聴かせたところ「この手のプレーヤーにしてはいいんじゃない」と言っていた。

遡ること30年、当時はソニーのウォークマンが若者の間で大流行だった。鞄に数本のカセットテープを入れ、外でお気に入りの曲を聴くと云う行為は、なかなかにモダン?であった。ネット社会の今、音楽はダウンロードする時代。手に入れたい音楽は、どこでも、いつでもメディアに取り込めてしまう。これが世の進歩と云うものなのだろう。

レトロ感覚が漂う「珈琲舎うつわ」の中で、しみじみiPodを眺めながら、そう思う僕なのであった。
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2012年10月11日

久保田三十三観音


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柳津町の久保田観音は、僕が会津に居を移して間もない頃に訪れたことがあった。あれから25年・・・か。撮影が早く終わり、時間もあったので久しぶりによってみる。

1800年代の初頭に建立されたという久保田三十三観音。訪れた時間が夕方近かったこともあり、ほかに人は見当たらない。車から降りると、やや急峻な登りとなるが、距離は大したことない。一巡250メートルの行程を33回巡拝することを習いとするが、さすがに僕は1回だけ。ちなみに安産祈願の観音様として信仰されているので、1回だけでもバチはあたるまい。

ニコンに広角とマクロを付けて、一番から順番にパチパチ撮りはじめたのだが、半分くらい行ったところで正直疲れてしまった。撮影しながら、例の磐梯町の捨てられた(?)考える人が「もうそのくらいでよしとけよ」と声をかけたような気がして・・・。
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2012年08月23日

夏草や・・・

 
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繁茂する夏草を目にして、即座に連想するのは、芭蕉が詠った「夏草や 兵どもが 夢の跡」である。何事にも盛りがあり、そして衰えがある。衰える原因は様々あろうが、人の営みの無常さを、容赦なく茂った夏草に覚える今日この頃である。ここにはかつて実家があった。震災で全壊してしまい、いまはこの有様である。自然に生えたヒマワリが、虚しく空を見上げていた。
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2012年05月15日

「福島の祈りと言葉」

 
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あの日から、今日で431日が経過したことになる。復興、復旧と云う言葉は連日のようにマスコミから流れてくる。大きな災害と人災の中で、やりきれない思いを抱いている方々の、なんと多いことか。個人の力で出来ることと、そうでないこと。今回の東電原発事故は、個人の力でどうこう出来るものではない。それだけに個々人の前向きな気持ちを、一気にトーンダウンさせてしまう。なんとも切ない、やり切れない、そんな思いが心の中で渦巻いている。

「福島の祈りと言葉」というフリーペーパーが、震災からちょうど一年後に発行された。ご縁があり写真と文章を掲載させていただいた。ご覧いただければ幸いです。
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2012年05月13日

斎藤利幸氏からのメッセージ 〜その2〜

5 どのような利権があろうと、放射性物質の害悪が自分に降りかかってくる、あるいはそう想像できるのであれば、もはや原発に依存しようなどとは思わないだろう。自分だけでなく、自分の子供や親に降りかかるとしたら、やはり原発に依存しない社会に向かうしかないと思うであろう。では、なぜ自分、その子供、親の場合と、それ以外の場合では立場を変えてしまうのか。

 人は自分がどうなるのかという関心を常に持っており、これに従って判断し、行動している。従って、自分が被害者になると想定した場合には、それを避けようとする判断に傾く。そして、自分の子供や親は自分の分身であるから、自分と同じように被害を避けさせようとする判断に傾く。自分と、子供や親は直ちに同視(共感)でき、その苦痛を感じ取ることが出来る。

 原発に依存しない社会を作ろうと思うかどうかは、事故の被害、膨大に生み出される核廃棄物によって苦しむ人々の被害を、あたかも自分の被害として感じ取れるかどうかにかかっている。野田総理や枝野氏、閣僚が、福島県民等今回の事故の被害者そのものの立場に立てれば、原発に依存しない社会しか選択の余地はない。現に、プルサーマルという危険物を受け入れ、福島県民を裏切った左藤雄平知事自身が、「再生可能エネルギーを推進し、原子力に頼らずに、発展し続けていくことができる社会を目指します。」(福島宣言)としているとおりである。

6 即ち、原発に依存する社会を維持するかどうかは、論理(あるいは科学)の問題ではなく、感性(共感性)の問題なのである。それが鋭ければ脱原発しかあり得ないし、鈍いか、欠けていれば、利権その他の魅力に惑わされ、それを温存する方向に傾く。 そして、不幸なことに鋭敏な人と鈍感な人との間の話し合いはほとんど不可能である。野田総理、枝野氏、その他の閣僚も、自分なりの論理を持っていて、それが他人に害悪を及ぼすものだなどとは思っていないはずである。感性の鈍い(欠如した)人間は、自分自身にも騙されやすい。なぜなら、およそ他人の不幸など目に入らない、極めて狭い視野しか持てないからである。
 
7 この共感性の問題は、あらゆる問題の背景となっている。この根本を変えないと、例え原発が無くなっても、同様の問題が必ず発生する。今回の原発事故は、日本社会のあり方、人間社会のあり方そのものの変更を迫っているといえる。「変えよう日本」である。ちなみに、「共感性」とは他人を思いやる「人間性」と置き換えても良い。

    以  上
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2012年05月11日

斎藤利幸氏からのメッセージ 〜その1〜

私の敬愛する写真家でもあり弁護士の斎藤利幸氏より、下記メッセージが届いた。ご本人のご許可をいただいたので2回にわけて全文掲載いたします。なお下記記事は福岡の情報誌IBに掲載されたものである。

  原発に依存する社会・しない社会

1 私は、昨年の3・11東電第1原発事故により、故郷の福島県郡山市から、現在の福岡県に難を逃れた。

2 野田首相は昨年12月16日に「発電所の事故そのものは、収束に至ったと判断される」と事故収束宣言をした。?しかし実際は、福島県民にとっては悲惨極まりない原発事故の加害者である佐藤雄平知事(それまでの栄佐久知事が反対していたプルサーマル政策を受け入れてしまい、その半年後に今回の重篤な事故が発生した。事故が起きても県民に正確な情報をださず、深刻な放射能汚染に晒し、国・県の宝である子供の避難さえおこなおうとしない)でさえ「事故は収束していない。多くの県民は不安を感じている」と反論した。

 実際、第1原発4号炉にある使用済み核燃料棒1535本は、水素爆発でぼろぼろになった建屋の2階(地上高30b)のプールに保管されており、これが崩落したり、ひびが入って水が無くなる事態に陥ると、崩壊熱により燃料棒溶融、そして極めて大量の放射性物質がそのまま外界に放出されてしまうという恐るべき事態が生じる。それだけでなく、4号炉のすぐそばには共用のプールがあり6400本の使用済み核燃料がある。この管理も不可能となって想像だにできない事態に陥る。少なくとも北半球は終わりを迎えるといわれている(http://kaleido11.blog111.fc2.com/blog-entry-1198.html)。

  また、1・2・3号機については、そもそもメルトダウンした核燃料に全く手をつけることが出来ず、放射性物質も出っ放しである。この様な惨憺たる状態であるにもかかわらず「事故そのものは収束」とは、厚顔無恥も甚だしく、原発事故に対する完全な無知を世界中にさらけ出てしまった。しかし、その後の言動を見ると、無知であることすら気付いていないようで、原発の再稼働に躍起となっている。この期にいたって何を血迷っているのか、福島の犠牲を完全に無視した不遜な言動は、近いうちに手痛いしっぺ返しを受けるであろう。

 問題は、なぜこのように闇雲な原発依存に突っ走しる、その背景は何なのかであり、是非解明しておかなければならない。

3 原発依存社会を維持しようとする理屈はいろいろ言われているが、そんなことは全て表眼的なことであり、単なる衣である。衣の中身が問題なのである。それは原発の本質は何なのかに関わる問題である。

  ここでまた、原発に着せられたいろいろな衣を取り去ってみて、残るものは何か。それは人間のみならず、生命とは相容れない放射性物質を生み出し続ける存在であることである。電気などは化石燃料や、自然エネルギーでも作れるのであるから、原発の専売特許でも何でもない。むしろ発熱の3割しか電気に変換できないのであるから、極めて効率の悪いエネルギーに過ぎない。他にない特性は、極めて危険な放射性物質を生み出し続けることである。しかも、生み出された放射性物質については、その管理方法すら見つかっていないのである。

  今回の事故ではっきりしたように、人間は放射性物質については全くコントロールできない。福島並びに近隣諸県、関東圏までは、放射性物質に蹂躙されるがままである。しかも、一回性のものではなく、今後予測も出来ないような長期に渡って生命を脅かし続ける。環境に放出されなかった放射性物質も、今後10万年単位での管理が必要といわれており、我々の後世代はその後遺症に苦しまなければならない。

4 原発に依存する社会を維持しようとする人々も、原発のこの様な他のエネルギーにはない絶対的なマイナス面を、当然承知しているはずである。また、今回の福島の悲惨な事故を見て、事故における害悪の防止不可能性も分かったはずである。ことに枝野氏は菅政権の中枢にいて、事故対応に追われたのであるから、肌身を持って、放射性物質がいかに始末に負えない反生命物質であるかを知ったはずである。それにもかかわらず原発依存をやめようとしない背景は、一体何なのか。

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 写真は斎藤利幸氏
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2012年04月19日

写真ツアーのご案内


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5月11日(金)〜13日(日)、二泊三日の写真ツアーを開催いたします。
皆様のご参加をお待ちしております。なお、お問い合わせ、お申し込みはペンション・レラさんまでお願いいたします。
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2012年04月15日


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福島市花園町の旧ノートルダム修道院は、昭和10年に建てられた県内でも文化的価値の極めて高い建造物であった。ちょうど6年前、たまたま目にした新聞で修道院内が一般に公開されることを知った。普段であれば、そのままスルーするのだけど、何かが引っかかった。記事を読んだ翌日、僕は機材を担いで、修道院を訪れた。どこの馬の骨とも知れぬ一介の写真撮りが、突然「写真を撮影させてほしい」と無礼千万なお願いをしたにもかかわらず居合わせたシスターは、しばし僕の顔を見つめ「どうぞ」と撮影を快諾してくださった。
 
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修道院の空気は、ひんやりしていた。
撮影を乞うたものの、僕は萎縮してしまい撮影は散々であった。とくに誰かに見られていた訳でもなく、比較的自由に、制約もほとんどなくカメラもセッティングできたのだが、その場の空気にすっかりのまれてしまっていたのだ。撮影の間も数人の方が、神に祈りを捧げていた。どのようなことを祈っていらっしゃるのか知る由もないのだが、僕はその一途で清楚な姿に打ちのめされてしまった。

あれから6年が経ち、この場所は更地になってしまった。東日本大震災で建物は大きな被害を受け、修復には多額な費用がかかるため、取り壊さざるを得ない、ということだった。

最近、取り壊しの経緯をあるマスコミの報道を通じて知ったのだが、それは単に修復に費用がかかるために断念したというものではなかった。

修道院長の言葉が心に響く。「震災後、支援してくださる方から『募金活動をすればお金は工面できる』とも言っていただいたが、これだけ東北全体が痛めつけられたなかで、この建物のためにお金が使われるよりも、その分、多くの被災者の方々に支援が届くことの方が大切。今後は子どもたちの教育のために予算を使おうと決断しました」。
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2012年02月29日

自画(写)像


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 自分を客観的に見ることは、とても難しいし、恥ずかしいことである。
 これまでの自分の所業は、どれをとっても、まともなものはないし、できることなら「燃えるゴミの日」に、まとめて捨ててしまいたいくらいだ。

 たいていの人は録音した自分の声に対して嫌悪感を覚えることだろう。毎日、誰よりもそばで聞いている自分の声。しかし再生された声は、この世の中で、いちばん醜い声にしか聞こえない。声ですらその程度の認識なのだ。
 常に自分の身を傷つかない安全な場所に置こうとし、興味の赴くまま、好奇心を刺激するものだけを単に見続ける毎日。けっして自分を振り返ろうとはしない。自分のことをいちばん知らない、知ろうとしないのは自分自身なのである。
 
 画家は自己の内面を見つめるため自画像を描く。欧羅巴には500年以上、自画像の歴史があるのだとか。自画像を描くことは、自己との対決であり、その厳しい作業に耐えうるだけの精神力も必要だ。自分を見極めたとき、きっと新しい道、表現の切り口が見出せるのだろう。

 と、判ったようなことは、簡単に云えてしまう、このイヤらしさ・・・。自分を客観的に見るなんてことは、そう容易く出来る筈がない。

 さて、自画像ならぬ「自写像」である。飲み会が終わり、ビジネスホテルでの撮影。鏡に映る自分にレンズを向けてみる。なんてコメントしたらいいのか、わからない(笑)
 ひとつだけ、妙に得心のいったことは・・・生きている限り、何かの枠に囚われ続けるのだな、ということ。撮影時、鏡の枠の中にしっかり囚われている。明日になれば生業の枠の中で喘ぎながら過ごすわけだし、いずれ枠から抜け出すことは不可能なのだ。そもそも写真撮影そのものが、枠を意識した行為ではないか。

 話は急に変わってしまうが、過日叔母に会ったところ「最近、お父さんに似てきたね」。明日は父の一周忌であった。父の枠からも抜けることはできない。いや、それはむしろ当たり前のことなのではないか・・・ようやく、そういうことを素直に受け入れられる歳になったということか。
posted by 生出 at 22:07 | Comment(0) | その他