2015年09月04日

SONGS


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いまは亡き大瀧詠一が立ち上げた「ナイアガラ」レーベルより1975年4月にリリースされたシュガーベイブのファーストアルバム。言わずもがなだが、シュガーベイブとは山下達郎、大貫妙子、村松邦男を中心に1973年4月から約3年間活動したバンドである。バンドメンバーはほかに伊藤銀次、鰐川己久男、上原裕・・・など入れ替わりがあった。バンドは76年に解散したのでこのアルバムは「ファーストアルバム」と言われているが「唯一のアルバム」と云った方がしっくりいく感じがする。

僕の手元にあるのは「30th Anniversary Edition」であるが、つい先日(8月5日)「40th Anniversary Ultimate Edition」が発売された。リマスター盤とリミックス盤の2枚組みセットである。収められているのは販売当時のオリジナル曲のほかライブ音源やカラオケのボーナストラックである。

個人的なリクエストを言えば、カラオケはいらないのでライブ盤を、曲を増やして1枚分として3枚組にしてもらえばよかったかな・・・と。誰よりも音に拘っている達郎のことだから、そういうファンの声は知りつつも、音質的に却下したのかもしれない。勝手な想像だけど・・・。

達郎はラジオ番組で「ハイレゾ時代に対応するために作成した」と云っていたが、いまの時点で僕は「40th・・・」は購入していない。なぜなら所有しているチープなCDプレーヤーで、はたしてリマスター盤とリミックス盤の差を実感できるだろうか?そこが大きなネックになっているのである。

それにしても達郎ののびやかな歌声のなんと気持ちのいいことか。二十歳を少し過ぎた頃の声だという。その後、今に至るまでの活躍は衆目の認めるところではあるが、このアルバムからはその片鱗がうかがえる。稀有な才能を持ったミュージシャンが走り出した、そのスタートに立ち会うような気分で聴くのもいい かもしれない。
posted by 生出 at 12:40 | Comment(2) | 音楽

2015年08月26日

ザ・ナガミネバンド


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先週の日曜日、ひまわり畑で有名な喜多方市の三ノ倉高原で知り合いのバンド演奏があった。バンド構成はご覧のとおり。あいにくの天気だったが、演奏は熱かった。そしてうまかった。何よりも奏者の方ひとりひとりが楽しんでいるのが伝わってきてこちらもいつのまにか音楽に合わせてリズムを取っていた。リズムに乗りながらの撮影もまた楽しいものである。
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2015年07月28日

オリンパスLS-14


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先日、三ノ倉で使ったのがこのリニアPCMレコーダー「オリンパスLS-14」だ。最大の特徴はTRESMICという「音を豊かにとらえる3マイクシステム」を搭載しているところにあるのだとか。左右に突き出た志向性の強いマイクを挟むように、センターには無指向性のモノラルマイクが配置されている。

これによって「20Hz〜20kHzと周波数特性も広範囲に拡がり、よりゆたかな音を再現。ベースやドラム等の低音も忠実にとらえ、厚みのある録音が可能」とのこと。よくわからないがとりあえず録ってみた。ギターはマーチンCTM GPCPA3でアンプはヤマハのTHR10。アンプの使い方もよくわからなので適当に調整した音である。なのでアコギっぽさが感じられない。あとギシギシと椅子のきしむ音も入っている。ご愛嬌ということで。

音源はこちら。曲名は忘却。ブルースっぽい曲であるが、さらりと弾きすぎた感がある。ちなみに6弦を1音下げたドロップDで演奏している。
posted by 生出 at 12:55 | Comment(2) | 音楽

2015年07月26日

高原に響く唄声


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昨夜、三ノ倉スキー場「星空ウォッチング」の会場で、珈琲舎うつわのマスターを中心としたバンド「一夜の花」がライブ出演しました。夕暮れ迫る高原にマスターの「大人の唄声」が響きわたり、連日の暑さもひとときですが忘れさせてくれました。

恥ずかしながら私も急きょ「一夜の花」に参加することになり、サポート(にならないサポート)をすることになりました。爽やかな唄声とは裏腹に、冷や汗かきかきのひとときでした。

さて一部ですが当日の音源をこちらより聴くことが出来ますので、もしよければクリックしてみてください。曲は「恋のかなたへ」です。私の足元に置いたPCMレコーダーで録音したものです。調整はしていない素の音ですので、音質的にお聴き苦しいところはご勘弁ください。あと重たいデータです。ダウンロードまで時間がかかる場合があります。スピーカーよりもイヤホンかヘッドホンで聴いた方が、幾分リアリティは感じられるかも・・・です。左側からポロンポロンと微かに聞こえるのが私のギターです(笑)
posted by 生出 at 23:16 | Comment(6) | 音楽

2015年07月07日

WORDS


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ギターの名手「石川鷹彦」、初のソロアルバム「WORDS」、1994年のリリース。92年にはNTVでクラプトンの「アンプラグド」が話題となり、そのあたりからジワジワとアコースティックギターが復権してきたように感じている。ちなみに99年にはリットーミュージックから季刊誌「アコースティックギ ターマガジン」が発行され、いまも続いている。

「WORDS」に収められている楽曲は11曲で、ラストの「風の方向」以外はインストゥルメンタルである。「風の方向」では石川鷹彦が朴訥ながら、雰囲気のある歌声を披露している。コーラスに森山良子と玉置浩司が参加していることはあまり知られていない?ちなみにこの曲のコードは(たぶん)半音下げてDでプレーされている。ギターはマーチンのD76だったかな?
この歌、今月25日の三ノ倉スキー場で行なわれる星空コンサートでは珈琲舎うつわのマスターが歌う・・・はずである。
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2015年06月28日

マスター、ライブ出演


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喜多方市の「珈琲舎うつわ」のマスターが再びステージに立ちます。星空コンサートに出演されます。前回、図らずも聞き逃してしまったと云うあなた、ぜひお越し下さいませ。詳細はチラシを参照ください。
posted by 生出 at 22:35 | Comment(2) | 音楽

2015年06月21日

会津のClear


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今年1月23日の夜、福島市内で出逢った会津の「TAKU」に再び会うことが出来た(ブログ掲載は1月26日)。名前をTAKUから「Clear」に変えたのだとか。澄んだ唄声は耳を惹きつけるのに十分。

少し話を聞かせてもらったところ、7月9日・10日に会津若松市のルネッサンス中の島で行われるビールフェスタで唄を披露すると云っていた。詳細はこちらをご覧あれ。
posted by 生出 at 09:32 | Comment(0) | 音楽

2015年06月05日

Reflections


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東京都世田谷区松原三丁目・・・高校を出て、ひとり上京した際の僕の住所である。昨日までは親の庇護の下にぬくぬくとした日常であったが、日付が変わって 今日からはいきなりの一人暮らし。自ら希望して上京したものの、将来への期待やら不安やら寂しさやら・・・いろんな感情がブレンドされた日々であった。いま当時の自分をふりかえると「滑稽」という言葉を当てはめるのが相応しい。

最寄の駅は京王線の下高井戸。特急、急行はもちろん、通勤快速も停まらない普通の駅だった。下宿は駅から徒歩10分少々の閑静な住宅街にあった。勝手口から入り大家さんが使う台所、茶の間を経由して階段をトントントンと上ったところが僕の部屋である。

風呂は一日おき、エアコン無し、洗濯はコインランドリー、トイレは大家さんと共用。朝食と夕食は付いていたものの、朝食はほとんど食べなかった。下宿の大家さんは当時で70歳越えのお爺さんで、その方が一人で管理・運営していたのであった。大家さんが作る食事で頻繁に出たのが野菜炒め、マルシンのハンバー グ、あと理由はわからないが何故か水炊きが記憶に残っている。ご飯だけはお代わりが自由であったが、すすんでお代わりはしなかった。

この大家さん、元東京新聞の記者だったそうで、よく聞かされたのは2.26事件の話。「青年将校が、『お前ら動くな!」と我々を威嚇し て・・・」というくだりは両手、両足の指では足りないくらい聞いた。しかし覚えているのは、この部分のみ。大家さんは耳が遠く補聴器を使っていた。ボリュームの調整がうまくいかないことがたまにあって「ぴ〜!」というハウリング音が鳴り響く。ぴ〜音が茶の間のテレビの音声とかぶっていて、大家さんは聞き取れるのだろうか?と疑問に思ったものだった。

夕食は一階の茶の間で午後6時から。早いときは5時半なんてこともあった。連絡無しで遅れると怒られた。7時過ぎになると大家さんは就寝。明け方3時前には起床という生活パターンが学生と合うはずがない。

当時の通信手段は茶の間にある黒電話のみ。ダイヤルにはなぜか南京錠がかかっていた。大家さん曰く「むかし住んでいた○○大の学生が無断で使ったから」。下高井戸駅の手前に公衆電話が一台設置されていたが、夜になるとけっこう人が並んでいたのを幾度となく目撃した。

目撃といえば、下高井戸駅からは世田谷線も出ていて、その沿線ではよくテレビドラマのロケが行われていた。どこのテレビ局のなんというドラマなのかは、テレビがなかったのでわからなかった。ちなみに東京でいちばん最初に見た芸能人は「あごいさむ」。新宿駅西口「新宿の目」の前を闊歩していたのを目撃した。プチ感動であった。

部屋に置いてあったのは布団と若干の着替え、ラジカセ(ナショナルのマックff)、モーリスのギター(W30)、そして命の次に大切だった(笑)キヤノン AE−1とF−1、FD24ミリ、50ミリ、135ミリ、300ミリ、ラッキーの引き伸ばし機などの暗室セット・・・これが所有物のすべてだった。

梅雨時になると、夜な夜なごそごそと音がする。何事かと目を凝らしてみるとゴキブリの行進だ。それもけっこう大きい。台所の脇の風呂場は「巣」であった。飛び交うゴキブリをよけながらの入浴はアクロバットに近いものがあり、本来一日の疲れを癒すはずの空間が、ストレスの溜まるとんでもない場所となっていた。このゴキブリ、夕食時にも無遠慮に出没するので質が悪い。大家さんが素手で叩き潰していたのを見たときはさすがに閉口した。壁どん!ならぬ畳どん!である。

ほぼ同時にこの下宿に入ったのは他に二名。ひとりは東大生、もうひとりは語学の専門学校生。東大生とはその後、音信不通になったが、専門学校生とは 今でもたまに連絡を取り合っている。そんな彼から聴かせてもらったのが寺尾聰の「Reflections」だった。1981年のことだ。なのでこのアルバ ムを聴くと東京の下宿生活が上記のごとく鮮やかによみがえるのである。音楽と思い出は強く結びつくのを、この歳になってことさら強く実感している。

それにしても前ふりが長すぎた(笑)
posted by 生出 at 12:53 | Comment(6) | 音楽

2015年05月19日

吉川忠英さん、ライブ


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先々日の晩、郡山市逢瀬町のフォーク喫茶「かぽたすと」にて、ギタリスト「吉川忠英」さんのライブが行われた。吉川さんはギタリストというカテゴリーのみならず、シンガー、プロデューサー、アレンジャー、スタジオミュージシャン・・・などなど活躍の幅が広い。誰もが知っているミュージシャンのレコーディングやライブにも数多く参加していて、そんな吉川さんが目の前でギターを弾いているなんて、まるで夢のような時間だった。

ライブが終了し、懇親会が始まった。とても気さくな方で会場は終止笑いが絶えなかった。いっしょに行ったM氏の計らい(策略・・・笑)で、皆さんの前で僕がトップバッターとしてギターを弾くことになってしまった。インストを2曲ほどやったのだが、プロの前で弾くなんて産まれて初めての経験。かなり緊張してしまった。

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アルコールが進むにつれ、皆さん身も心も打ち解け、和気あいあいと実に楽しいひとときだった。それにしても飲み物の量がすごい(笑)

ちなみに今日は喜多方でライブが行われる。お時間のある方はぜひ足を運んでください。詳しいスケジュールは吉川さんのサイトをご覧ください。
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2015年04月30日

GOLDEN TIME


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ギタリスト・小倉博和の「GOLDEN TIME」、2014年11月リリース。小倉博和といえば、スガシカオが唄う「Progress」・・・NHKの番組『プロフェッショナル 仕事の流儀』の主題歌・・・のギターを担当していると云った方が通りがいいかもしれない。その他、佐橋佳幸(歌舞伎役者の娘さんの旦那さん)とのギターユニット「山弦」ではすでにベスト盤を含め6枚のアルバムをリリースしている。

さてこのアルバムの最大の聴きどころは、なんといっても1852年に製造されたビンテージもののマーティンギター「2-27」の音色を堪能できるところだろう。このギターはC.F.マーチン一世の手によって創られたものなのだ。

1852年といえば日本では黒船の来航を翌年に控え、激動の歴史がはじまろうとしていた。そんな時代に海の向こうではアコースティックギターが作られていたことに驚きを隠せない。そしてそのギターが現代に残っているとは・・・。まさに奇跡である。

入手までの経緯は・・・そもそもアメリカ人のコレクターの手元にあったようで、コレクターの死後、日本に渡り、修理を経た後、たまたま小倉本人がネット上で見つけたのだという。

アルバムはディスク2枚。楽曲はどちらも同じ。楽曲名はジャケット左のとおりで、オリジナルとカバー曲で構成されている。1枚目がセッション盤、2枚目が小倉のギターとベースだけのNaked盤である。ナイロン弦のやわらかくやさしい音色は、ボリュームを少し上げて目を閉じながら聴くと・・・僕のCDプレーヤーは安物なのだが・・・まるで目の前で演奏をしているような錯覚をしてしまった。休みの日の朝、目覚まし代わりにしておけば、きっと目覚めもさわやかだろうし、穏やかな一日をいざなってくれるんじゃないか、そんな気がした。
posted by 生出 at 12:44 | Comment(0) | 音楽

2015年04月21日

foreverly


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日常生活において僕が心がけているのは、出来るだけ「シンプル」にということである。つまりは不必要なものにまで手は出さない、余計なものは手元に置かない、ということである。衣食住に限らず、人間関係にも「シンプル」なスタイルを求めている。

と、格好の良いことを吐いてしまったが、部屋の中を見回すと・・・お世辞にもシンプルとは云えない。雑然としている。車の中もである。幸いにも周囲の人たちは良い方ばかりで、この点に関しては、ほんとうにありがたいことである。

さて最近、手に入れたアルバムがこちらBillie JoeとNorah Jonesの「foreverly」だ。フォーク・デュオ「 The Everly Brothers」が1958年に発表したアルバム「Songs Our Daddy Taught Us」をカバーした作品である。トラディショナルな楽曲が並ぶ。

構成はシンプルである。二人のギターとピアノ、そしてベース、ドラムス、フィドル、ペダルスチールギターだけだ。

制作を振り返ってNorahはこんなことを云っている。「オリジナルの曲をどんどん簡素化していって、ちょっとだけふんわりとした感じにしていく作業に熱中していた。簡素化していく事で、そこに私たち独自の解釈を再構築していくスペースが生まれた」と。

う〜ん、音楽でも写真でも・・・何でもシンプルな方がいいようで・・・。余裕はそんなところから生まれるのかもしれない。
posted by 生出 at 08:22 | Comment(0) | 音楽

2015年04月14日

58957 The Bluegrass Guitar Collection


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トニー・ライスの「58957 The Bluegrass Guitar Collection」、2003年のリリース。アルバム名にある「58957」はトニー愛用のマーチンD28のシリアルナンバーである。このギターは1935年に製作され、そもそもはブルーグラスギターの名手「クラレンス・ホワイト」が所有していた。クラレンス・ホワイトは1973年に29歳という若さで交通事故で亡くなっている。クラレンスの死後、どのような経緯かはわからないがトニーの手に渡った。

このギターを一見して「おやっ?」と感じた方も多いと思う。いちばんの特徴がサウンドホールの大きさである。ノーマルのD28に比べて一回り以上大きくなっている。他にフィンガーボード、フレット、ピックガード、ナット、サドル・・・様々な部分がカスタマイズされているという。なのでノーマルのD28との比較しても意味はない。現在、サンタクルーズからトニー・ライスのシグネーチャーモデルが、そしてマーチンからはD28CW(クラレンス・ホワイト)モデルとして、あなたのためにちゃんと用意されているのである(笑)

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さて話がギターのことになってしまったが、このアルバム、というよりトニー・ライスはトラディショナルな曲を中心としたブルーグラスにフォーク、ロックなど新しい要素を取り入れ、ブルーグラスに新しい境地を開いたことで注目された。もちろんトラディショナルなエッセンスは踏襲しつつ、である。

一般的にブルーグラスというジャンルは耳なじみがない。しかし曲を聴くと、たいていの方は「あ〜カントリーっぽいやつね」と応えるだろう。本アルバムをお聴きいただければ、単なる「カントリーっぽい」やつではなく、そのセンスのよさに図らずも「かっこういいねぇ〜」と感心すること必至である。とくにラストの「Port Tobacco」は必聴。
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2015年03月23日

You Must Believe in Spring


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ジャケットからLPを取り出し、指紋が付かないように慎重にプレーヤーにセットする。アームをゆっくり下ろし、曲が始まるまでのわずかな時間、この間がたまらない。大いに高まる期待感は曲が始まった瞬間、確かな感動へと変わる。静かに語り始めるピアノ。エバンスのメロディにベース(エディ・ゴメス)とドラム(エリオット・ジグムンド)がそっと寄り添う。目を閉じプレーヤー達の息遣いをも感じようとする。

エヴァンスの死後に追悼盤として1977年に発売された「You Must Believe in Spring」は名盤「Waltz for Debby」に並ぶ、僕のお気に入りのアルバム。ジャズといえば即興性の高さが特徴だが、ビル・エバンストリオにおける即興性は、インタープレイ(相互作用、交錯)に優れていて他の追随を許さない。のちのピアノトリオに与えた影響は大きい。

朝でも昼でも、そして夜でも、聞いた瞬間から彼らの醸し出す音の世界に入り込んでしまう。

あっ、そうそう僕はCDプレーヤーしかないので、聴く時はいつもLPをかけるイメージをしているだけです。
posted by 生出 at 12:38 | Comment(4) | 音楽

2015年03月19日

Window


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かつて福島市のパセオ通りに「HARVEST MUSIC」というレコード屋(CD屋)さんがあった。大都会の店と比べれば品揃えは少なかったものの、地方なりの「がんばり」を感じさせる店だった。それはいまでこそアマゾンで購入可能であるが、澤野工房レーベルのアルバムを仕入れていたりで、狭いながらもおいしい音がギュッと詰まっていた。2007年9月、惜しまれつつ閉店した。

そんな「HARVEST MUSIC」で出逢ったのがTOMOYA HARAとMARK TOURIANの「WINDOW」だった。2004年にリリースされたアルバム。まず目に入ったのがシュールなジャケ写であった。店長の一押し的な感じで紹介されていて即買いした記憶がある。もちろん試聴はしていない。典型的なジャケ買いである。結果は大当たりだった。

ギターとベースで奏でられる大人の音の世界。窓の外が次第に明るくなり柔らかな光が射しこむ。一曲目「Sunrise 暁」。なんだか上質な一日になりそう、そんな予感が。オリジナル曲を含めジャズ、ブルース、バラードと続き、ラスト「Sunset黄昏」。陽はすでに山の稜線の彼方へ。窓際に立ち空を見上げるといちばん星。次第にはっきり見えてくる星々をつなげると、ギターとベースになるのかもしれない。
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2015年03月05日

Taste of UKADAN


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せっかくなので憂歌団の数あるアルバムの中からお勧めをひとつ。1986年リリースの「Taste of Ukadan」をぜひお聴きいただきたい。云わずと知れた日本屈指のブルースバンド。木村充揮(ボーカル)、内田勘太郎(ギター)、花岡献治(ベース)・島田和夫(ドラム)の4人がメンバーで 1975年に結成された。デビュー曲「おそうじオバチャン」は発表してから僅か一週間後に放送禁止歌となったのは有名な話。この曲はデビューアルバム「憂歌団」(CD盤)に収められているが、お世辞にも品が良いとは云えない(笑)

憂歌団といえば木村の濁声(ダミゴエ)が代名詞で、独特のユーモアと、ときにペーソスにあふれる曲が魅力なのだが、やはり好き嫌いはわかれるだろう。さて 「Taste of Ukadan」はそんな憂歌団の中でいちばん耳障りのいいアルバムかもしれない。楽曲は「YOU are my Angel」「渚のヴォードウォーク」「嘘は罪」などスタンダードナンバーが並び、演奏も非常に洗練されている。泥臭さは皆無だ。内田勘太郎のギターも、とてもいい。こんなふうに弾けたらいいなと聴くたびに思うのだった。
posted by 生出 at 22:08 | Comment(0) | 音楽

2015年03月02日

いきのね


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1998年11月リリースの「いきのね」、下田逸郎と内田勘太郎二人によるアルバム。下田逸郎は若かりし頃、濱口庫之助に師事したことがあった。下田自身も多くのミュージシャンに楽曲を提供している。その中には桑名正博、松山千春がいる。桑名正博が唄う「月のあかり」は名曲中の名曲。

下田逸郎の基本的なスタイルは、抑揚が少なく且つ朴訥な歌声、そしてストロークのみのギター演奏はデリカシーが無く聴くものをまるで突き放すかのように感じることがある。唄うことへの執着と云うか、奏者としての心意気というか・・・すべてが独特である。うがった見方かもしれないが、まるでこの世に未練がないのではと思うほどに素っ気ない。下田逸郎の公式サイト内にはこんな表記がある。
「あの世発 この世経由 あの世行き」・・・あたかも輪廻を悟ったかのようである。なのでこの世に執着が無いのは当然で、そこから来る思いが現在のスタイルを形成したのだろう。実際に下田自身、いろいろあったようである。

しかしそんな下田のスタイルに惹かれるのは、彼の世界観に非日常的なものを感じたいと云う我々の潜在意識というか・・・欲望があるからだろうか?何らかの救いとまではいかないまでも、生きていく上での不安、不満、迷いその他もろもろの正体を知りたいという根源的な欲望があるからかもしれない。

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 「ごいっしょにどうぞ」

 ほんとうのことが なんなのか

 知りもしないのにどうして

 嘘つくことだけは できるのでしょうか

 もしかして

 嘘からしか本当のことは

 生まれない・・・のかな


 アザトさはもっと素直に晒しましょう

 せつなさも儚さもいっしょうにどうぞ


 ふしあわせさえ知らないで

 私とてもしあわせだと

 微笑みながら云うあのひと不気味

 もしかして

 錆びついた振り子が

 完全に止まった・・・のかな

 わがままはもっと素直に揺らしましょう

 せつなさも儚さもいっしょうにどうぞ


 ほんとはひとりさみしくて

 誰でもいい 今夜は心の隙間

 うずめたい・・・だけかな

 もしかして

 あなたもそう思って強がって飲んでるのかな

 欲望はもっと

 素直に認めましょう

 せつなさも儚さもいっしょにどうぞ


内田勘太郎のギターが下田逸郎の世界と絶妙にシンクロしている。内田勘太郎といえば、いまさら云うまでもなく「憂歌団」のリードギタリスト。考えるまでもなくブルースはソウル(魂)であって、あの世とこの世を行き来する魂といっしょになって奏でる曲が、われわれの魂を揺さぶらないはずがないのである。「いきのね」はそんなアルバムなのである。
posted by 生出 at 21:58 | Comment(2) | 音楽

2015年02月17日

J.BOY


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混沌とした時代である。宇宙船から地球を見れば、その美しさにきっと息を呑むだろう。しかし地上に降りれば・・・砲弾が飛び交い炸裂する。砂埃が立ちこめる中、逃げ惑う多くの人々。泣き声、叫び声、非難する声・・・地球の美しさとは裏腹に地獄絵さながらの世界である。

一見、平和に見える国であっても多くの問題が隠されている。民衆の不平・不満は溜まり続け、マグマ溜りから灼熱の溶岩が噴出すように、いずれ大きなうねりとなって何もかも焼き尽くしてしまうかもしれない。

豊かな暮らしの代償は大きな自然災害を引き起した。裂かれた大地、消失した森林、汚染された大気と水、そして絶滅した動植物たち。

1986年リリース、浜田省吾10枚目のアルバム「J.BOY」。A NEW STYLE WAR″は、人類が背負った十字架のあまりの多さを端的に教示している。目線は神のごとくであって、人類への啓示と云ってもいいだろう。

  A NEW STYLE WAR

 地下から地下へ運ばれたBOMB(爆発物)
 国家に養われたテロリスト
 成層圏にMILITARY SATELLITE (軍事衛星)
 It's A NEW STYLE WAR

 飽食の北を支えてる
 飢えた南の痩せた土地
 払うべき代償は高く
 いつか A NEW STYLE WAR

 貧困は差別へと 怒りは暴力へと
 受け入れるか 立ち向かうか
 どこへも逃げ出す場所はない
 It's A NEW STYLE WAR

 ひび割れたNUCLEAR POWER(原子力)
 雨に溶け 風に乗って
 受け止めるか 立ち止まるか
 どこへも隠れる場所はない
 It's A NEW STYLE
 It's A NEW STYLE WAR

 愛は時に あまりに脆く
 自由はシステムに組み込まれ
 正義はバランスで計られ
 It's A NEW STYLE WAR

人類は常に何かを得ようとしている。何かを得れば別の何かを失う。それが人類の歴史。得ようとするものが変われば戦争の形も変わる。まさにA NEW STYLE WAR″だ。負の連鎖を続けるのも止めるのも我々人類である。このまま争いが続けば、いずれ人類は地球を捨てることになるかもしれない。地球を離れるとき、宇宙船から見た地球は青く輝く星なのだろうか?
posted by 生出 at 12:32 | Comment(0) | 音楽

2015年02月16日

Wasted Tears


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「Wasted Tears」は、浜田省吾のセルフカバー・バラードセレクションの第二弾として、1989年9月にリリースされた。第一弾の「Sand Castle」同様、多くの支持を得た。全10曲、作詞作曲は浜省であるが、アレンジャー星 勝の腕が光る。曲のティストをこれ以上ないくらい引き出すのに成功している。

ともすればオリジナル曲をこねくり回してしまい、結果として訴えたい(唄いたい) ことは何だったの?と焦点がボケてしまうことがある。「Wasted Tears」はオリジナルを上回る出来と云っても過言ではない・・・と思っている。
アルバムのテーマは「30代、大人の愛の物語」なのだという。

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ゆうべ 眠れずに泣いていたんだろう"・・・ではじまる「もうひとつの土曜日」。すぐにメロディーが浮かんだ方も多いはずだ。唄われている内容は、身近にありがちなことで、特別な恋や愛の話ではない。

この週末は 俺にくれないか″、こんな台詞、実際には使えない。浜省の歌詞には、ちょっとクサイ、キザっぽいなと感じる部分がある。だけど妙に心に響くのは、そう・・・自分には自信がなく、生き方でも、何でも・・・スマートさに欠けていることを、よく知っているからにほかならない。キザな台詞もポーズも無理、だから自分の気持ちを素直に唄っている浜省に惹かれた男は多かった。そして浜省的アプローチを待っていた女性も・・・また然りであった?いずれ僕には無縁な世界であった訳だが(笑)
posted by 生出 at 12:33 | Comment(3) | 音楽

2015年02月13日

燃えつきる〜ラストライブ


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1975年4月13日、雨の日比谷野外音楽堂、キャロルのラストライブ。 バンドとして人気、実力ともに絶頂期での解散ライブ。いまだに伝説として語り継がれているライブ。

キャロルは矢沢永吉(ベース・ボーカル)、ジョニー大倉(サイ ドギター・ボーカル)、内海利勝(リードギター・ボーカル)、ユウ岡崎(ドラムス)の四人がメンバーであった。一時期ドラムスでメンバーの入れ替 えがあったが、基本、この四人で突っ走った。

キャロルは1972年に結成されたロックバンドで、当初はビートルズのコピーバンドとしてスタートしたという。革ジャンにリーゼントというスタイルも、初期ビートルズを意識したといわれている。

75年当時、僕はキャロルの存在を知らなかった。「ファンキーモンキーベイビー」くらいは、聴いたことがあったかもしれないが、それはたまたまラジオから流れていたのを耳にしたというレベルの話である。それから少し経った高校3年の夏、写真部の合宿のとき「先輩、これ聴いてみてください」と後輩から手渡されたのが、このアルバムだった。60分カセットテープには、ダイジェスト版のように編集されてはいたが、ブチッ!ブチッ!と曲間がブツ切りにされていたし、オーディエンスの叫び声やらなんやらで騒然とした雰囲気、そして大音響でロッケンロールをぶちまけるスタイルは、ただウルサイとしか感じなかった。というわけで第一印象は・・・もう聴かなくていいかな・・・であった。

ただ、その中でひとつだけ気になった曲があった。それが「夏の終わり」だ。

 君と二人で歩いた 浜辺の思い出
 あの時二人で語った 浜辺の思い出
 ああ もう二度と恋などしない
 誰にも告げず ただ波の音だけ
 さみしく聞こえる

 君と二人で歩いた 浜辺の思い出
 なにも云わずに口づけを かわした浜辺

刻むようなドラムのリズムに乗せてアコギのコード弾きがはじまる。そしてエレキのリフがおもむろに走る、そんなシンプルなスタイルは「カッコいいな」と思った。さっそくモーリスのW30でリフを耳コピーした。繰り返し繰り返し聞いて何とか会得したものの、所詮は猿真似だったし、エレキに比べてネックの短いアコギでは限界があった。ハイフレット側の音は、適当に自分で合う音を探し良しとした。つまりはいい加減ということである。

時は流れ、今年の正月になぜか「夏の終わり」が聴きたくなった。それでネットで探してみたら、すぐに見つかった。発売されたときは2枚組みレコードだったことも初めて知った。最初から最後まで通しで聴くのはもちろん初めて。いまになって「いいじゃん」と感じるのは、いささか遅きに失したわけだが、シンプルなオールディズ風ロッケンロールに体が素直に反応する。(好みはあるだろうが)いい音楽って耳にした瞬間、無条件に体が反応するものなのだなと思ったのだった。

このライブを最後にキャロルは解散するのだが、ラストテイクにはステージの電飾が火災を起こし、消防車のサイレンの音が鳴り響く。キャロルというバンドを象徴するような事件だ。キャロルはまさに燃えつきたのだった。
posted by 生出 at 12:43 | Comment(0) | 音楽

2015年01月26日

会津のTAKU


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したたか酔っていた金曜の晩。ふらふらと福島市内を歩いていた。チラチラと白いものが落ちてくる寒い夜。人気の少ない歩道で若者が弾き語りをしていた。近づいてみると「TAKU 会津」とある。同郷のよしみで、2〜3曲聴かせてもらう。曲は全てオリジナルだと云う。

酔いがだいぶまわっていたから、どんな曲だったのか、恥ずかしながら覚えていない。でも曲を聴いた時、「あっ、いいなぁ〜。もっと聴いていたいなぁ〜」と思ったのは事実。だいぶ唄い慣れていたし、ギターも上手かった。ディテールを覚えていないのが残念だ。

「相方が先にメジャーデビューしまして・・・」と、そんな話を聞いた記憶もある。いまは冷たい路上がメインかもしれないが、もしかしたら近い将来、手の届かないところに立っているかもしれない。がんばって唄い続けてほしいものだ。
posted by 生出 at 08:27 | Comment(0) | 音楽