2013年12月17日

除染の土

 
 The-ground-of-decontamination.jpg

福島県中通り、浜通りにお住まいの方であれば、これがなんであるか・・・説明は不要だろう。放射能で汚染された土などが一時的にこのような状態で随所に保管されているのである。僕が福島市内で借りている駐車場にもしっかり置かれている。ルーフキャリアの上に上ってみたら、奥の家の敷地にも置いてあるのが確認出来た。

汚染土の運ぶ場所が、いまだに決まっていないので空いているスペースに置かざるを得ないのが現実なのだ。庭先、道路の脇、空き地・・・様々なところにブルーシート、或いは黒いシートに覆われた汚染土が置かれている。

さて、気になるニュースを目にしたので以下にご紹介しよう。失礼ながら毎日新聞からのコピーである。

◇東京電力福島第1原発事故に伴う福島県営団地の除染工事で明らかになった、汚染土などのずさん管理。県は土で覆うなどの処理を業者任せにしたまま現場を確認せず、子どもらの安全管理が置き去りにされた形だ。住民からは「県民の健康を真剣に考えるなら起きない問題」と県の姿勢を問う声が上がる。

「県に電話し『子どもたちが(廃棄物入りの)袋に乗って遊んでいる』と対策を求めても、たらい回しにされた揚げ句、ほったらかしにされた」。福島県白河市内の県営団地のそばに住む70代の女性から情報提供があったのは11月中旬だった。

この団地で除染が始まったのは10月。11月上旬から団地内の児童公園に廃棄物入りの袋の搬入が始まった。しかし、袋には自由に近づける状態で、子どもたちが袋の周りで鬼ごっこなどをするようになったという。記者が歩道間際に置かれた袋に線量計を近づけると、最高で毎時「2.23マイクロシーベルト」と表示された。国の安全基準の約10倍に相当する。立ち会った女性の線量計も同様の数値が表示された。数メートル離れると、数値は0.23以下に戻った。

 ここを含め、同市内の5カ所すべての県営団地を取材した。このうち、今月から廃棄物を置き始めた別の団地では9日、野積みした袋のすぐ横で住民の中学生2人が立ち話をしていた。記者が危険性について聞くと「知らなかった」と、驚いた様子だった。さらに別の2団地は児童公園の周囲を鉄板で囲っていたが、鉄板の内側ぎりぎりまで袋を置いており、外側で同1マイクロシーベルト前後が確認された。遊具の間際まで袋を置いている団地もあった。

県営団地には幼い子のいる家庭が多い。ほとんどの住民が線量計を持っておらず、県が各戸に配布した文書にも危険性や安全対策についての言及はない。2歳と3歳の子を持つ30代の父親は「現場保管は仕方ないとは思うが、できる限りの安全策は取ってほしい」と話した。

県は2マイクロシーベルトを超えた団地では金属製の囲いを設置したが、記者の線量計では依然として高いところで同0・7マイクロシーベルトを示した。

 県幹部は「(除染する)県営住宅の大半は敷地内に埋設保管する。(地上保管している団地は)自治体の仮置き場が近く完成するから、との判断があったようだ」と、今回のずさんな保管が例外的な措置であることを強調する。だが、仮置き場の完成は「来年度にずれ込む見通し」(自治体担当者)で、除染廃棄物は長期にわたり児童公園に置かれたままになる。

ニュース、以上。

バッチを付けたお偉いさん、福島に来てコンビニ袋ひとつに入るだけの土でいいので、あなたの家の庭に持っていってくれませんか?あなた方の気持ちが見てみたいな。
posted by 生出 at 08:32 | Comment(4) | その他
この記事へのコメント
最近のニュースを見ながら
福島原発も何の解決もしてない。そんな中で「これからのエネルギーは原発に頼る」「新規増設も」いったい何を考えとるんや、先生方や国のお偉いさん方は・・・
と思っていましたが
これを拝見してギョッとしました。
汚染土の置かれている風景、そちらでは「当たり前の光景」になってるんですね。
「安全基準」もしっかり守ってもらわないと有って無いのと同じですよ。

Posted by ゆう at 2013年12月19日 12:37


◇ゆうさん、おはようございます。「当たり前の光景」に慣らされてしまっている感はあるかもしれませんね。汚染土の保管場所の脇を小中高生、一般市民・・・普通に歩いています。除染作業員の方々の姿もあちこちで見かけます。これもまた日常の光景です。

おそらく福島県境には目に見えない隔離壁が出来ていて、新幹線、車などで福島に入る時、通過する時などは、心の中で身構えるのが普通なのでしょう。

知り合いの写真家さんの話です。ある県の某所にて車中で休んでいると、たまたま通りがかった散歩の人が、福島ナンバーであることに気づき、車を指差し「ふくしま!」と叫んだとか(その目はまるで奇異なものを見る眼だっただろうと僕は想像しています)。

カチンと来た写真家さんは車から降りて「福島の何が悪い!」と思わず云ってしまったとか。

他県の方々が福島を見る目は様々でしょう。人間の心の有り様・・・民度というものを考えさせられる一件です。

Posted by 生出 at 2013年12月20日 08:33
 同じ日本人、居る所は各々が、たかだか数百キロしか違わないのに 言うことは人ごと、同情はするけど、同じ立場にはけして立たない。
 通り過ぎるお子様の、のたまう言葉が、それを裏ずけているような気がします。
 私は、あの日から半年後、300キロ圏で単車で、友人を訪ねたことが有りました。
 なぜか、福島から来たことが、解ると、数件のホテルには泊まれませんでした。
 まあ、入口に単車をつけたから、ナンバー見えちゃったんだけど。
 あっ、俺被災者だったんだな!!って思い知らされた事柄でしたな。
 ここが、アメリカなら、おまえも被災者なんだよ!って言ってやりたい。
 何か、日本人の自国に対する危機感が薄れているような気がします。
Posted by momozo at 2014年01月28日 04:33



◇momozoさん、こんにちは。そうでしたか、宿泊拒否にあわれましたか・・・。自戒をこめて云うならば「人ごと」という言葉に耳が痛いです。

被害者、加害者、傍観者と敢えて分けるのならば、ひとは次の瞬間、三つの中の誰にでもなれるということです。

被災地でお力添えをいただいているボランティアをはじめとした多くの方達には頭が下がりますが、たいていの国民にとっては「福島は迷惑」ということになっているのかもしれません。

物事の本質を見極める眼は塞いではならないし、思い込みや一方的な情報に踊らされないことも肝要であると考えます。
Posted by 生出 at 2014年01月30日 13:01
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