2013年07月04日

いま 生きているということ

 
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高校へ進学し、しばらくの間、夢も希望もなく悶々とした日々を送っていたあの頃。高一の夏休みに中学校の同級生と那須に行った記憶がある。みんなの表情が輝いて見えて、自分だけが何かから置いてけぼりにされているような錯覚を持った。いま振り返ると、結局は自分の生き方の甘さや経験不足に由来する不安とか逃げであったわけで、貴重な青春の時間を無駄にしてしまったと、いまさらながら反省している。大した反省ではないが・・・。若い時は何でもいいから、とにかくがむしゃらにやる。これに尽きるかな。まだまだ未熟ながら達観したようなことをようやく云えるようになりましたよ(笑)

さて・・・那須からの帰り、宇都宮のオリオン通りのレコード店にふらりと入り、たまたま手にしたのが小室等の新譜「いま 生きているということ」だった。当時FM東京で「小室等の音楽夜話」という番組があって、毎夜・・・でもないが・・・聴いていて、このアルバムのことはなんとなく認識していた。で、実際手にして、さほど吟味することもなく、そのままレジに進んでしまった。

谷川俊太郎の詩に小室等が曲を付けたコラボ・アルバムの第一作目が本アルバムだ。何とかと云うテレビドラマの主題歌になった「おはようの朝」はこのアルバムで聴ける。

 「おはようの朝」

 ゆうべ見た夢の中で
 ぼくは空を飛んでいた
 小川の上を落っこちまいと
 あひるみたいにはばたいた

 夜の心のくらやみから
 夢はわいてくる
 誰もそれをとめられない
 そしておはようの朝はくる

 ゆうべ見た夢の中で
 ぼくは石になっていた
 見知らぬ町で人に踏まれて
 声を限りに叫んでた

やはりいちばんの聴きどころはアルバムタイトルであるこの曲だろう。9分44秒の大作である。

 「いま 生きているということ」

 生きているということ
 いま生きているということ
 それはのどがかわくということ
 木漏れ日がまぶしいということ
 ふっと或るメロディを思い出すということ

 くしゃみをすること
 あなたと手をつなぐこと

 生きているということ
 いま生きているということ
 それはミニスカート
 それはプラネタリウム
 それはヨハン・シュトラウス
 それはピカソ
 それはアルプス

 すべての美しいものに出会うということ
 そして
 かくされた悪を注意深く拒むこと

   ・
   ・
   ・

いまだにこの詩は僕の中で大きな存在になっている。人が生きている間に心に芽生える喜怒哀楽の感情、醜い心、美しい心・・・ありとあらゆる・・・とまでは云わないが、概ね人の心にあるだろうと思われる心根を表現している。あの頃の僕の未発達な心は、少なからずこの曲で慰められたし、進むべき方向性のようなものを暗示してくれたのかもしれない。

 いま生きているということ
 いまだれかが旅立つということ
 いまだれかがだれかをみつめ
 いまだれかが決意すること
 いまだれかが問いかけて
 いまぼくらは歌うこと

いまあらためてこの詩を読んでみたが、もしこの曲が僕の人生を現しているとしたら抜けている部分があった。それは・・・いま生きていること それは酒を飲むこと 酔いつぶれて眠ること・・・そして二日酔いになること・・・である(笑) 巨匠の詩に意見するなんて怒られてしまうね。
posted by 生出 at 23:55 | Comment(0) | 音楽
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