2013年05月21日

青春の詩

 
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1970年11月にリリースされた“よしだたくろう”のデビューアルバムが「青春の詩」だ。いま見るとなんとも安っぽいジャケ写である。たくろうの初々しさと云ったら・・・。
先日、岡林信康のデビューアルバムをご紹介したが、それからわずか一年後に発表されたアルバムだ。たった一年しか違わないのに、曲想は岡林とたくろうではまるで違う。当たり前と云えば当たり前なのだが、そこには単なる個人差を超えた時代の変化を感じる。時代のページは60年代が閉じられ70年代へ取って代わったのだ。
岡林の社会的な問題を提起する曲とノンポリの若者の欲望をストレートに唄うたくろう。両者の曲想に接点はない。岡林はあっという間に過去の人になり、拓郎は時代の寵児となった。

  青春の詩
 
 喫茶店に彼女とふたりで入って
 珈琲を注文すること
 ああ それが青春

 映画館に彼女とふたりで入って
 彼女の手を握ること
 ああ それが青春

 繁華街で前を行く
 いかした女の娘をひっかけること
 ああ それが青春

 すてきなひとに口もきけないで
 ラブレターを書いたりすること
 ああ それが青春

 SEXを知りはじめて大人になったと
 大喜びすること
 ああ それが青春

たくろうの登場に合わせるかのように政治の時代が萎みはじめ、個人の欲望を満たすための大衆消費社会へと移行した。社会的に噴出した問題は一部当事者だけのものであって、大多数の人間にとって、それは傍観するだけのものとなった。ときには涙をすることもあろうが、問題解決のために積極的に行動する人間は・・・少なくなった。

  イメージの詩

 これこそはと 信じられるものが
 この世にあるのだろうか
 信じるものがあったとしても
 信じない素振り

 男はどうして 女を求めて
 さまよっているんだろう
 女はどうして 男を求めて
 着飾っているんだろう

 いい加減な奴らと 口をあわせて
 俺は歩いていたい
 いい加減な奴らも 口をあわせて
 俺と歩くだろう

もはや生きることは何となくカッコいい、なんとなく哲学的な・・・イメージを追うためのもの・・・誰かに注目される雰囲気を作るためのもの・・・。そんな曖昧模糊とした世界が形成され始めたのだった。
posted by 生出 at 22:38 | Comment(0) | 音楽
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