2012年03月21日

Hurricane


 desire-u.jpg

 阿佐ヶ谷にRICKYというバーがあった。いまとなっては店の場所もマスターの顔も、店内のディテールすらも忘れてしまった。ただ地下の扉を開けた記憶が微かに残る。鮮烈に覚えていることはひとつ。ボブ・ディランがよく流れていたことだ。いまから30数年前の話。
あまたあるディランの曲の中で、いちばん衝撃を受けたのが「Hurricane(ハリケーン)」だった。76年発表の「Desire」(欲望)のトップを飾る曲で、はじめは「自然の猛威に翻弄される遊牧民の物語」でも歌っているのだろうと思っていた。

 Put in a prison cell,
 (独房に入れられたが)
 but one time he could-a been The champion of the world.
 (かつては世界チャンピオンになれた男)

ルービン・カーター(通称ハリケーン)という黒人ボクサーの冤罪の話。実話である。彼はある殺人事件の犯人にでっち上げられ無期懲役の判決を受けてしまう。
ディランは、この曲で冤罪を世に問うことはもちろん、人種差別が生んだ悲劇は現代でも、容易に作り出してしまう可能性があることを示唆している。
ルービン・カーターは無実を訴え再審請求を行う。しかし人種差別という壁がそれを阻む。約20年の獄中生活の末、88年にようやく無罪判決が下りる。ディランの「Hurricane」が再審の扉を開く大きな力になった、と云われている。

ここ日本においても冤罪事件が、いくつも起きている。誰かにとって不都合な事実に不自然な力が加わり、真実がねじ曲げられてしまう怖さ。冤罪を作り出すシステムも怖いが、それを鵜呑みにする情報の受け手もまた怖い。
この世の中のすべての事象を、自分の感覚で確かめることは不可能だ。だからこそ、津波のように押し寄せてくる情報に対して、注意深く真実を嗅ぎわける感覚(洞察力)を身につけなければならない。

当時「現代の吟遊詩人」と呼ばれていたディラン。潜在化する政治、経済、社会問題を鋭くあぶり出し、世に問うスタイルは、プロテストソングと云われるが、現在においては、そういうアプローチは残念ではあるが流行らない。時が経てば、忘れられてしまう真実を後世に伝える手段として、ディランのスタイルを忘れてはならない。
posted by 生出 at 22:04 | Comment(0) | 音楽
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]