
その夜、僕は写真仲間のS氏と「マッチボックス」でグラスを傾けていた。グラスに浮かぶ氷に灯りが映りこんでいる。そんな小さな世界を見つめながら、酔いに任せて自分の手には届かない世界のことを、あれやこれやと話していたときのことだった。
ふいにBGMが変わり、流れてきたのが金延幸子(かねのぶ さちこ)の「み空」だった。
『み空』作詞・作曲 金延幸子
鳩の飛び立つ中を 犬がかけてゆく
空は どこまでも 青い空
私の腕が 大空にとどいたのは そのとき
流れる雲に抱かれ 魔法の海へ
これまで聴いたことのない透明感のある世界を感じた。そしてぐいぐいその中に惹きこまれる。この娘は新しい世界を創れる有望カブだ、きっとインディーズ系の新人なのだろうとタカをくくっていた。
なおも耳を澄ます。
音作りはフォーキーそのもので、アコースティックギターを爪弾くひとつひとつの音が心に滲みる。S氏も、いたくこのアーティストが気に入ったようだ。
後日、何気に金延幸子のことをネットで調べてみた。新人と思っていたら大間違い。このアルバムは、なんと72年に発表されたものだった。とても40年前の音とは思えない。目から鱗が落ちるというのは、まさにこういうことだ。
この音は、いまこの時代にこそ求められている音だ。
音創りに関しては、はっぴいえんどの細野晴臣がプロデュース。大滝詠一も楽曲を提供している。ギターで中川イサトも参加。
時を経て色褪せないものを創る・・・たやすいことではない。「み空」は、これからどんなに時間が経っても、けっして色褪せることはないだろう。むしろ彼女が描いた世界観は、聴く者の心の中で宇宙のように広がり続けるに違いない。