2012年03月13日

この世を悲しむ風来坊に捧ぐ


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ザ・ディランUのラストアルバム「この世を悲しむ風来坊に捧ぐ」。74年リリース。
このアルバムをはじめて耳にしたのは僕が18のときで、そのとき既にザ・ディランUは解散してした。
セイ・ヤングでたくろうがザ・ディランUの話をしていたのを耳にし、さっそく購入。

グループ名は、もちろんボブ・ディランから拝借したものだ。彼らの曲でいちばん知られているのが『プカプカ(みなみの不演不唱)』作詞・作曲、西岡恭蔵(象狂象)だ。ちなみにこの曲はアルバム「きのうの思い出に別れをつげるんだもの」に収録されている。
大塚まさじが大阪ではじめた喫茶店「ディラン」。常連だった西岡恭蔵と永井洋(よう)の3人が核となり音楽活動を開始。途中西岡が抜け、以後解散まで大塚と永井の二人で活動する。

 『時は過ぎて』作詞・作曲 大塚まさじ

 早いね 時の過ぎるのは
 みんなきのうのようさ
 早いね 時の過ぎるのは
 みんなきのうみたい

 二年前 きみは大阪で 
 裸のひとりぼっちさん 
 俺は胸に傷を負い 酒はその夜だけの夢

70年代初頭、日本は「政治の季節」の終焉を向かえ、誰もが心の中に「虚しさ」という言葉をぶら下げていた。虚しさ・・・まるでボディブローのようにじわじわと効いてくる。鉛のように重たい言葉。それは空を見上げる力すらも奪ってしまった。もっとも見上げたところで、空そのものも鉛色だったのだが・・・。
彼らの曲を聴くと、風を感じる。でも彼らの歌う風は森の中を吹き抜けるような爽やかな風ではない。かつて街を覆っていた情熱は、時の流れと共に消え去っていった。気がつくと、時代は変わり、過去を振り返ることすら出来ない、許されないくらいの速度で前へ進んでいる。振り返ることが、まるで罪であるかのような錯覚。前へ進めない自分。恋も仕事も何もかも上手くいかない。
ディランUは過ぎ行く時間、時代を風というキーワードで括ろうとした。風はとどまらない。何処かにとどまってしまったら、それは風ではない。風とは、時代とは、そういうものなのだ。そして人生は、いつだって風に翻弄されるものなのだ・・・と。
彼らの曲は政治色が強かったり、メッセージ性が高かったわけではない。ジャンルに囚われない自由な曲想、それは時に「はっぴぃ・えんど」と対比されることもあったようだ。このアルバムには細野晴臣が作詞、作曲した『恋は桃色』が収められている。

 『恋は桃色』作詞・作曲 細野晴臣

 ここは どこなのか
 どうでも いいことさ
 どうやってきたのか 忘れられるかな

 土の香り このペンキのにおい
 壁は象牙色 空はガラスの色

 夜をつかって たどり着くまで
 陽気な歌を 吐き出しながら
 闇へと突っ走る火の車
 赤いお月様と鬼ごっこ
posted by 生出 at 19:59 | Comment(0) | 音楽
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