2017年05月24日

ニッカ TypeV-s


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ニッカといえばウィスキーである。このカメラはニッカウヰスキーのカメラ事業部が製造したカメラ・・・ではない。そもそも、ニッカウヰスキーにカメラ事業部などはない。カメラ業界に詳しい人であれば、この類の話しは、親父ギャグよりも「ひどい」と思うだろうし、実際、僕が誰かから、この話を聞かされたら・・・「おいおい」となるだろう。

さて、ニッカは「ニッポンカメラ」社が製造したカメラであるからして「ニッカ」と命名された。創業は1940年、「光学精機」としてスタートした。47年に社名をニッポンカメラ社に変更。さらに50年には「ニッカカメラ」になり、58年には「ヤシカ」の子会社となった。

ちなみにニッカウヰスキーは1934年に創業。創業者の竹鶴政孝はNHKの朝ドラ「マッサン」でお馴染み。あの時代に創業した会社には・・・朝ドラに取り上げられるかどうかは別にして・・・きっと様々なドラマがあったことだろう。

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このカメラを一目見れば「ライカのコピー」だなと誰もが思うところだ。創業時からコピーライカ製造に携わったのは、戦争の影響が大きかった。戦火が厳しくなるとライカの輸入が困難になり、軍の命令によりコピーライカ製造の道が敷かれたのであった。第二次大戦後、ライカの特許は敗戦国ゆえに無効になってしまう。日本だけではなく、世界中でライカのコピーが作られたのには、そんな経緯があったわけだ。やはり戦争は駄目でしょう。どんな理由にせよ戦争は反対である。

このカメラをじっくり見てみると、その造りの良さはライカそのものと云っても過言ではない。実際、ライカと品質においては引けをとらないといわれており、輸出先、とくにアメリカでは安価でライカが手に入ると歓迎された。

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キヤノン、ニコンも、ライカあるいはコンタックスをお手本に自社ブランドのカメラを開発したが、ライカのコピーにいそしむニッカと決定的に異なったのは、自社のアイディアを取り入れたところにある。後年、一眼レフが世を席巻する時代が来るわけだが、ヤシカに吸収され消えていったニッカの悲劇は、さらに時代がくだり、コンタックスブランドのヤシカが京セラに吸収され、いまや見る影もない事実に、なにかしら因縁を感じる想いである。
posted by 生出 at 08:20 | Comment(0) | フィルムカメラ
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