2016年10月17日

キヤノンF-1


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キヤノンが5年の歳月と数十台分の開発費をかけて世に送り込んだのが「F−1」である。1971年3月に発売された。プロ市場はすでにニコンF、F2に席巻されていた状況であったが、そこへ殴りこみをかけたのが「F−1」であった。

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ボディの耐久性は+60度〜−30度、湿度90パーセント、連続10万回に耐えるシャッターユニット・・・その頑丈さは「重戦車」と形容された。新しく開発されたFDレンズ群はカラーバランスに優れ、さらに無調整で取り付けられる各種アクセサリーも開発。あらゆる撮影に対処できるシステムが構築された。報道からコマーシャルまで、あっという間に幅広い世界で支持された。遥かうしろを走っていた選手が猛ダッシュで迫り来る足音に、ニコンは戦々恐々だったのではないだろうか?

1972年には、固定ペリクルミラーを使用した「F−1高速モータードライブカメラ(当時、世界最高速の秒間9コマ)」が発表された。同年ドイツ・ミュンヘンで開催されたオリンピックで好評を博し、1976年のモントリオールオリンピックでは、公式カメラに認定され、一気にニコンの牙城を脅かすことになる。次第にスポーツ中継ではキヤノンの白レンズの砲列が数多く見られるようになり、ニコンを席巻してしまった。

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ニコンF、F2、そしてF−1を使った僕の感想としては、ボディの作りこみはF−1に軍配が上がる。F2にはチタン製ボディがあったものの、F−1の分厚い鉄板(実際は真鍮)は少々の衝撃ではびくともしない。情けない話だが・・・撮影中、油断をしてコンクリートにF−1を落としたことがあった。ペンタ部分は大きく凹んでしまい、これは間違いなくプリズムにもダメージがあるだろうとファインダーを覗いたところ・・・まったく無傷だった。その状態で数年は使っていた。

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ファインダーの交換はスライド式で、左右の着脱ボタンを押して引くと、すっ〜と引き出せる。装着も実にスムーズ。FやF2のように親指の爪やコインで着脱ボタンを押す、あのストレスはない。ファインダースクリーンも当然交換式で、スクリーンの溝に爪を引っ掛けると、これまたストレス無く取り外せる。F、F2はボディをひっくり返して、着脱ボタンを押さなければならない。これは事実かどうかはわからないが、F−1発表の際、キヤノンの担当者が開けた裏蓋を持ちながら、カメラをぶんぶん振り回して「このくらい全然へっちゃらです」とボディの堅牢さをPRしたという。F2の柔らかい裏蓋で、そんなことは到底出来ない。また「10年間は、モデルチェンジをしない」という公約も信頼性を得るものであった。実際は1976年に小さな改良(13箇所)が加えられ、そのボディはF−1Nと表記されていた。ブログ紹介のF−1は初期モデルである。

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当時使っていたF−1は35年ほど前に手放してしまった。知人のF2Photomicと交換してしまったのだ。あのころ僕は使い慣れたF−1に多少の未練はあったものの、キヤノンでもニコンでもどちらでもよかった。双璧のひとつをなすニコンを使ってもいいかな、くらいの気持ちだったのだ。知人は海外青年協力隊としてエチオピアへ赴き、彼の地でF−1を使うも、帰国時にあちらの知人に譲ってしまった、と言っていた。いまもアフリカ大陸にあの「F−1」はあるだろうか?
posted by 生出 at 08:23 | Comment(0) | フィルムカメラ
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