2016年02月10日

コニカT型


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手にすると、大きさからくる印象よりもずっしりとした重みが伝わってくる。ひんやりとした金属の質感がたまらない。1948年(昭和23年)から発売された「コニカT型」で、戦後3年目にして世に出たカメラである(コニカT型の初期型はヘキサノン50ミリ F3.5付で、このカメラの開放F値はF2.8なので1950年以降に作られた改良型)。当時の価格は2万円近くもしたという。大卒初任給(国家公務員)が3000円の時代、庶民にとっては高嶺の花である。国内販売に先駆け1947年には「T型」とほぼ同じスペックの「コニカスタンダード」が対米輸出および米軍PXでのみ発売されていた。

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操作性は時代を感じさせる。フィルムの巻上げは背面のボタンを押してから巻上げノブが止まる所まで回す。巻上げのたびに、このボタンを押すわけだ。レンズは沈胴式で所定の位置まで引き出さなければならない。撮影毎のシャッターチャージも必要。これは現代でも辛うじて存在している大判カメラ用のレンズと同じである。 シャッター速度はB、1、1/2、1/5、1/10、1/25、1/50、1/100、1/250、1/500秒。ピント合わせはもちろん手動。ファインダーを覗くと二重像合致式のピント合わせが意外にもしやすい。これにはちょっと衝撃を受けた。あの時代としては格段に見やすいファインダーだ。言わずもがなだが露出計は内蔵されていない。撮影者が適切な光量をご判断の上、設定下さい、というわけである。

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ネットでこのカメラを検索すると、必ず触れられているのが「MADE IN OCCUPIED JAPAN」のことだ。米国占領下の日本で作られた製品には「OCCUPIED JAPAN」と刻印するようGHQから命じられていた。コニカT型はカメラ底部にこの文字を見ることができる(ちなみに輸出用は軍艦部に刻印されていた)。

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1952年のサンフランシスコ講和条約が発効するまでの間、北米を中心に輸出されたカメラ、陶器、おもちゃ・・・さまざまな製品に付いていた文字である。陶器などは希少価値があるようで蒐集の対象になっているらしい。

終戦直後の混乱にも関わらず、わずか数年の間に・・・数々の問題をクリアしながら・・・「ミノルタ35T」「オリンパス35T」「ニコンT型」などが量産体勢に入った。旺盛な生産意欲から苦境をもろともせず這い上がろうとする日本人の逞しさ・・・国民性・・・を垣間見る思いがするのである。設計者、製造者の誰もが平和な時代を願い「明るい未来をこのカメラで記録してほしい」、戦後間もないあの時代のカメラには、そんな思いが詰まっているのだろう。
posted by 生出 at 08:00 | Comment(0) | フィルムカメラ
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