2015年11月16日

ニコンF3HP


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ニコンF3が発表されたとき、僕は18だった。スーパーニコンのキャッチコピーで華々しくデビューをしたF3は電池がなければ動かないカメラであった(いちおうエマージェンシー用として1/60の機械式シャッターは備えていた)。電池がなければ、ただの重たい金属の塊である。それでいいのかニコン!と世間は大きな驚きをもってF3を見たのである。フラッグシップ機はどんな条件、環境でもシャッターが切れなければ意味がない。世間がフラッグシップ機に求めるものはそこにあった。懐かしい角川映画、野生の証明の「タフじゃなきゃ生きていけない」なのであった。

60年代はF、70年代はF2、そして80年がF3とメーカーも謳っていたので、10年はF3とのおつきあいしなければならないと覚悟を決めた者もいたし、電池がなくても動くキヤノンNewF−1へ鞍替えした者もいたと聞いている。

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いま思えばなんとも滑稽なこだわりである。F3は80年代のみならず、登場から20年を経た2000年まで作り続けられた。そのことを見てもF3がいかにタフで、そして頼れるカメラだったかがわかるというもの。2010年、ニコンの報道発表によると・・・

「フィルムカメラおよび交換レンズをご使用いただくお客様へのサービス・サポート向上を目的として、弊社規定の補修用性能部品の保有期間終了後も対象製品の修理対応期間について、5年間延長することを決定しました。」

・・・とある。補修用部品の在庫が無くなった場合は、5年未満でも修理が出来ないとの但し書きが添えられてはいたものの、2015年、つまり今年までサポート対象になっているというのだから、これはすごいことだ。メーカーとしての心意気を大いに感じる。またまた角川映画の「やさしくなければ生きていく資格がない」なのである。

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F3にはF3HP、F3AF、F3/T、F3P、F3Hなど、用途に応じたバリエーションがあった。ビッグと呼ばれたNASA仕様のモデルもあって、これはカメラコレクターにとって垂涎の的でもあった。実際手にした人がいたのかはわからない。僕は一部をP仕様にしたF3HPを持っていた。単なる自己満足である。

僕も50代半ばになってしまったが、F3を手にすると、いまでも中野坂上での時間を思い出すのである。
posted by 生出 at 07:43 | Comment(0) | フィルムカメラ
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