2015年05月20日

ペンタックスSP


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僕はペンタックスの名を聞くと反射的に「旭光学」の三文字が頭に浮かんでしまう。いまだに・・・である。ペンタ部に配されたAOCo(Asahi Optical Co)のマークから一眼レフ製造メーカーとしての意気込みを強く感じていた。1976年、初めて手にした「日本カメラショー」の総合カタログのトップは旭光学であったわけだが、手にした生出少年は、お勧めのメーカーとして旭光学がトップなんだと思い込んでいたのだった。単純に50音順で並んでいることに気づかなかったのだから恥ずかしい限りである。ペーパー上ではあるが、写真の世界の扉を開け、はじめてお見合いをしたカメラが旭光学だった。

2002年、社名を旭光学からペンタックス株式会社へ変更した際、カメラショーの掲載順も後ろになってしまい、かなり違和感を覚えた。

会津に移り住んでから風景写真を撮り始めたのだが、そのときのカメラがペンタ6×7と初代645だった。ペンタックスとのお付き合いは中判が中心で、35ミリカメラとは縁がなかった。ようやく35ミリのペンタックスと僕が結ばれたのは、15年ほど前、酔狂が過ぎて中古のSLとS2を購入したときだった(まだ手元にある。そういえばLXとも一時、同居していた)。

さて前置きというか、関係のない話になってしまったが、このSP、発売開始は昭和39年で、その後10年間製造が続けられた。昭和39年と云えば東京オリンピック開催の年である。写真のSPが何年式なのかはわからないけれど、いずれにせよ、この世に生まれてから半世紀近くは経っていることになる。

久しぶりに手にしてみたSPは、以外にもずっすりとした重さだった。装着されているのはタクマー55ミリのF1.8。マウントは伝統のM42スクリューマウント。スクリューマウントのカメラを手にすると決まってキコキコ(実際音はしない)とレンズを回して外してしまうのはなんでなんだろう?体が自然に動くのには、きっと何か理由があるのだろうね。でもその理由を考えてもしかたない。

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おもむろに巻上げレバーに親指をかけてみる。巻き上げレバーの感覚が日常から遠ざかってしまった昨今である。ゆっくりと巻き上げてシャッターボタンを押してみる。シャッター幕はゴム引き布幕で横走り。Sシリーズ独特の軽い作動音である。低速では機械式シャッター特有のじぃ〜っという音が耳に心地よい。余談だが電子式の低速シャッター音は無音で、まるで心臓が止まったの?と一瞬とまどってしまう(笑) 

シャッターダイヤルにはフィルム感度設定のための窓があり、そこにはASA( American Standards Association・・・米国規格協会)とDIN(Deutsche Industrie Normen・・・ドイツ工業規格)という懐かしい文字が。今現在、ISOよりもASAの方がしっくりと馴染む僕である。

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SPは1973年のSPF(開放測光)、そして1974年、SPにホットシューを付けたリバイバル機SPUと、ほんの少しの拡張性を見せたものの、次のKシリーズへとバトンタッチをし、その使命を終えた。機能的な拡張性は狭かったものの、シンプルな構造と耐久性のあるボディは多くのプロ、アマの写真家に支持され、写真表現の広がりには大いに貢献したのだった。
posted by 生出 at 12:45 | Comment(0) | フィルムカメラ
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