2013年05月31日

ブルーインパルス

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何気なく空を見ていたら、突然轟音とともに5機の戦闘機が上空で旋回しはじめた。何事かとしばし見上げていた。そういえば明日から東北六県の主だった祭りが福島市内に集結し「東北六魂祭」が開催されるのだった。この戦闘機は航空自衛隊松島基地から飛来したブルーインパルスだ。本番前の練習のようだ。何でも松島から福島までは、たったの10分ほどで到着するのだとか。

こんなに身近に、それも飛行している戦闘機を見たのははじめてだ。ほんの軽い気持ちでパチパチとシャッターを押す。さすがに速くてファインダーで捉えるのも至難の業だ。ふだん動かないものを撮ることが多いので、まともな写真はわずか数枚だった。

それにしても気持ちよく飛んでいたなぁ〜。どんな人が操縦しているんだろうとブルーインパルスで検索したら、ちゃんとページがあった。パイロットの顔写真も掲載されていたので、興味のある方はご覧になってください。
posted by 生出 at 22:29 | Comment(0) | その他

2013年05月28日

いり豆腐

 
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用意するもの。豆腐一丁、椎茸一個、豚ひき肉、ニンジン、キヌサヤは適量。調味料は麺つゆ、ミリン、砂糖。豆腐はあらかじめ水切りをしておく。まずニンジン、ひき肉、椎茸の純に炒める。豆腐を入れ調味料を一気に入れる。水分を飛ばし、最後にキヌサヤをだぁ〜っと入れ火が通ったら出来上がり。温かいご飯と一緒にお召し上がりください。
posted by 生出 at 22:07 | Comment(0) | 男の料理

2013年05月27日

宇都宮へ!

 
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先日、宇都宮で中学校の同級生に会ってきた。実に36年ぶりである。日程が決まってから興奮して眠れぬ夜が続いたのだった(笑) そして夢にまで見る始末。訪れる前の日は、まさに「遠足の前夜」と同じで興奮もピークに達していた。幾つになっても・・・同じなのである。

そしていよいよ再会した友人は、立派なオヤジになっていた。もちろん僕も負けないくらい、しっかりオヤジになっている。しかしウン十年という時間のギャップはまったく意識しなかった。なんだか最後に会ったのが昨日のような気すらした。昨日から今日に至るまでの時間が普段より、ちょっと永かったが、話は大いに盛り上がり途切れることはなかった。

卒業した宮の原中学校の校舎は、体育館など部分的に変わったところもあったが、ほぼ当時に近い状態だった。1年7組の教室は北側校舎一階の右端にあって、窓越しから当時座っていた席を眺めてみる。そう、確かに僕はここにいたのだ。この空間はあのときのまま。もうクラスの仲間がフルでここに集まることは絶対ないのだなぁ〜、と思うと妙にシンミリしてしまった。

授業が終われば、仲良しだった友達と公園のブランコで靴飛ばしに熱くなっていた。その公園もちゃんとあった。「久しぶりに・・・」と云って友人はやおらブランコを漕ぎ出し、そして「それっ!」と靴を飛ばした。ケンケンをして靴を拾いに行く後ろ姿は、あのときとまったく同じだったのには感激してしまった。

懐かしの場所を数カ所周ったあと夜は宴会である。お互いあだ名で呼び合うことに何の抵抗もなかった。あんなこともあった、こんなこともあった、話は尽きない。はじめて組んだバンドの名前が「ゆうやけぐも」だったとは不覚にも失念していた。

結局宿へ戻ったのは午前1時を過ぎていたようだ。話に夢中になり写真をほとんど撮らなかったことに気づいたのは、会津に帰ってからだった。いまの生き方の方向性を少なからず決めた原点に立てたことは、僕にとって意義深いものだった。サイ、キンジ、パセリ、ありがとう。また会いましょう。ようやく興奮から覚めてきましたよ(笑)
posted by 生出 at 23:17 | Comment(2) | その他

2013年05月26日

THE BLUE HEARTS

 
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誰もが生きている間に聴いておかなければならないアルバムが何枚かある、と僕は思っている。その中の一枚がTHE BLUE HEARTSのデビューアルバムの「THE BLUE HEARTS」だ。87年にリリースされた。いささか押し売りになってしまうかもしれないが・・・そうなのである、押し売っているのである。理由はない、ただ聴け!と。

ここ数日、何度聴いただろう。全曲聴き終わったらすぐに一曲目から聴き直すのである。はっきり言って演奏は粗野である。単純である。一聴して美しいメロディラインは皆無だ。嫌悪感を覚えるひとが大多数だろう。しかし彼らのメッセージは、他のどんな有名なミュージシャンよりも強く心に届く、響く。本心を、本音を、オブラートで包み隠すことが得意で且つ常識的で立派な、と自分で思い込んでいる大人はぜひ聴いてほしいな。1曲目の「未来は僕等の手の中」から「リンダ リンダ」まで全12曲。捨て曲は無し。

  「未来は僕等の手の中」

 月が空にはりついてら 銀紙の星が揺れてら
 誰もがポケットの中に孤独を隠し持っている
 あまりにも突然に 昨日は砕けていく
 それならば今ここで 僕等何かを始めよう

 生きていることが大好きで 意味もなくコーフンしている
 一度にすべてを望んで マッハ50で駆け抜ける
 くだらない世の中だ ションベンかけてやろう
 うちのめされる前に 僕等うちのめしてやろう


  「少年の詩」

 パパ、ママおはようございます 今日は何から始めよう
 テーブルの上のミルクこぼしたら ママの声が聞こえてくるかな
 1、2、3、4、5つ数えて バスケットシューズが履けたよ
 ドアを開けても 何も見つからない
 そこから遠くを 見つめているだけじゃ

 別にグレている訳じゃないんだ ただこのままじゃいけないってことに
 気づいただけさ
 そしてナイフをもって立ってた

 僕やっぱり勇気が足りない I LOVE YOUが言えない
 言葉はいつでもクソッタレだけど 僕だってちゃんと考えているんだ
 どうにもならないことなんて どうにでもなっていいこと
 先生達は僕を 不安にするけど
 それほど大切な言葉はなかった

 誰のことも恨んじゃいないよ ただ大人達にほめられるような
 馬鹿にはなりたくない
 そしてナイフを持って立ってた


  「世界のまん中」

 朝の光が 待てなくて
 眠れない夜もあった
 朝の光が 待てなくて
 間違ったこともやった
 ボクの生まれたところが世界の片隅なのか
 誰の上にだって お日様は昇るんだ

 うまくいかない時 
 死にたい時もある
 世界のまん中で生きていくためには
 生きるということに 命をかけてみたい
 歴史が始まる前
 人はケダモノだった


けっして褒められるような、誰にでもお勧め出来る内容ではない。少しでも彼らの楽曲に共鳴出来たのなら、きっとあなたは素敵な人だ。
posted by 生出 at 23:47 | Comment(4) | 音楽

2013年05月21日

青春の詩

 
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1970年11月にリリースされた“よしだたくろう”のデビューアルバムが「青春の詩」だ。いま見るとなんとも安っぽいジャケ写である。たくろうの初々しさと云ったら・・・。
先日、岡林信康のデビューアルバムをご紹介したが、それからわずか一年後に発表されたアルバムだ。たった一年しか違わないのに、曲想は岡林とたくろうではまるで違う。当たり前と云えば当たり前なのだが、そこには単なる個人差を超えた時代の変化を感じる。時代のページは60年代が閉じられ70年代へ取って代わったのだ。
岡林の社会的な問題を提起する曲とノンポリの若者の欲望をストレートに唄うたくろう。両者の曲想に接点はない。岡林はあっという間に過去の人になり、拓郎は時代の寵児となった。

  青春の詩
 
 喫茶店に彼女とふたりで入って
 珈琲を注文すること
 ああ それが青春

 映画館に彼女とふたりで入って
 彼女の手を握ること
 ああ それが青春

 繁華街で前を行く
 いかした女の娘をひっかけること
 ああ それが青春

 すてきなひとに口もきけないで
 ラブレターを書いたりすること
 ああ それが青春

 SEXを知りはじめて大人になったと
 大喜びすること
 ああ それが青春

たくろうの登場に合わせるかのように政治の時代が萎みはじめ、個人の欲望を満たすための大衆消費社会へと移行した。社会的に噴出した問題は一部当事者だけのものであって、大多数の人間にとって、それは傍観するだけのものとなった。ときには涙をすることもあろうが、問題解決のために積極的に行動する人間は・・・少なくなった。

  イメージの詩

 これこそはと 信じられるものが
 この世にあるのだろうか
 信じるものがあったとしても
 信じない素振り

 男はどうして 女を求めて
 さまよっているんだろう
 女はどうして 男を求めて
 着飾っているんだろう

 いい加減な奴らと 口をあわせて
 俺は歩いていたい
 いい加減な奴らも 口をあわせて
 俺と歩くだろう

もはや生きることは何となくカッコいい、なんとなく哲学的な・・・イメージを追うためのもの・・・誰かに注目される雰囲気を作るためのもの・・・。そんな曖昧模糊とした世界が形成され始めたのだった。
posted by 生出 at 22:38 | Comment(0) | 音楽

2013年05月14日

リバーサルフィルム現像機

 
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リバーサルフィルムを現像してくれるところを探すのも難しい昨今である。でも心配ご無用。宮森さんのお店では、しっかり対応している。35ミリ、2Bともにオーケーだ。ここ数日、現像機に不具合があったのだが本日、無事解決した。液の調整の関係で受付は来週後半からになるようだが、この日が来るのを首を長くして待っているお客さんがいるということは、実にありがたいものだ。
posted by 生出 at 21:59 | Comment(0) | 馴染みの店

2013年05月12日

骨酒(こつざけ)


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桧枝岐村のやまびこ山荘とのおつきあいは、かれこれ25年くらい前にさかのぼる。しかしここ数年、とんとお見限りであった。久しぶりに泊まって美味しい料理と酒をたらふく満喫してきた。中でもヤマメの骨酒は最高だった。香ばしさの中に深みのある味、しかもすっきりとした飲み口である。あまりの美味さにおかわりを・・・いくつしたのだろう?ひとつ二合は余裕で入るようだが、4〜5杯は頼んだようだが泥酔していて定かではない。骨酒を飲む前に、すでに生ビール を3杯以上、日本酒を・・・かなり飲んでいたのだから記憶も曖昧なのである。
posted by 生出 at 16:00 | Comment(2) | 馴染みの店

2013年05月09日

わたしを断罪せよ


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岡林信康の記念すべきデビューアルバム「わたしを断罪せよ」、1969年(昭和44年)のリリース。もちろん僕はリアルタイムでは聴いていない。このアルバムを意識したのはずっと後になってからのこと。具体的な年は忘れてしまったが、会津若松で岡林のライブがあって、偶然それを見たのがきっかけだった。すでに彼は「えんやとっと」だったので「フォークの神様」と崇める向きは会場にはいなかった。

このアルバムが発表されるや、岡林は若者の教祖的存在となった。新宿西口では週末になると7000人を超す若者が集まりフォークゲリラと称する一大ムーブメントが起こった。この時の音源が「古い船をいま動かせるのは古い水夫じゃないだろう」(拙ブログ2012年5月26日紹介)に収められている。「友よ」は若者達の心を捉え、あの時代の象徴として祭り上げられた。すなわち反体制、反安保などを叫び、日本を取り巻く現実、将来に憂いを持ち、左翼思想に傾倒するのが流行りであり、そんな彼らのインテリジェントな行動を精神的に支えていたのが「友よ」だったのだ。

  友よ

 友よ 夜明け前の闇の中で
 友よ 闘いの炎を燃やせ
 夜明けは近い 夜明けは近い
 友よ この闇の向こうには
 友よ 輝く明日がある

当時、僕も学生だったら、新宿西口へ馳せ参じたかもしれない(笑) このほか注目すべきは法的根拠も何もない、所謂「放送禁止歌」として有名な「手紙」もこのアルバムに収められている。

 
  手紙

 私の好きな みつるさんは
 おじいさんから お店をもらい
 二人一緒に暮らすんだと
 うれしそうに 話してたけど
 私と一緒になるのだったら
 お店を譲らないと言われたの
 お店を譲らないと言われたの

 私は彼の幸せのため
 身を引こうと思ってます
 二人 一緒になれないのなら
 死のうとまで彼は言った
 だから全てをあげたこと
 くやんではいない 別れても

 もしも差別がなかったら
 好きな人とお店がもてた
 部落に生まれたそのことの
 どこが悪い なにがちがう
 暗い手紙になりました
 だけど私は書きたかった

ほかに「三谷ブルース」「それで自由になったのかい」など初期岡林の代表作が入っていて、聴きどころ満載だと僕は思っている。それにしてもこのジャケットのイラスト、実に暗示的である。岡林の陰が十字架になっているしタッチも宗教色が強い。画面右下にNOVのサインがあるが、これは岡林自身が描いたのだろうか?
posted by 生出 at 22:04 | Comment(0) | 音楽

2013年05月06日

只見線


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只見町へ行ってきた。先日行った桧枝岐村よりも残雪は多い。雪解けが進んだ場所では、ようやくカタクリなどの芽が出はじめていた。写真はJR只見線・会津蒲生駅である。只見線は福島・会津若松〜新潟・小出を結ぶ全長約135キロ、全線単線、非電化のローカル線だ。2011年7月30日の水害により複数の橋梁が流されたため不通(会津川口〜只見間)の状態が続いている。現在は会津若松〜会津川口、只見〜小出の運転が再開している。会津川口〜只見間はバスによる代行輸送である。

不通になってから1年9ヶ月が経過し、線路は錆び放題、枯れた雑草が絡み付いている。枕木が覆い隠されるほどの雑草が生い茂っていたのだろう。手入れはまったくされていないようだ。

只見線と云えばローカル線を代表するような路線で、とくに「乗り鉄」には人気があった。紅葉シーズンは、かなり混雑していたという話を聞いたことがある。

今回の水害は自然災害だと思われているようだが、実は人災だと指摘する声もある。田子倉ダムをはじめとして、下流には幾つかの発電用のダムがある。豪雨のためダムから溢れそうになった水を一気に放水したために起きた洪水だった。今さら云うまでもなく福島第一原発の被害は甚大で、収束のメドすら立っていない。原発の被害は日々報道されているのだが、水力発電の被害についての報道はまったくない。原子力、水力両方の発電所による被害を受けた福島県。踏んだり蹴ったりとはまさにこのことだ。
posted by 生出 at 09:48 | Comment(0) | にわか鉄ちゃん

2013年05月05日

コシアブラ

 
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珈琲舎「うつわ」のマスターから採りたてのコシアブラをいただいてしまった。春の味覚は最高である。さっそく茹でて醤油マヨで食べたのであった。会津は山菜の宝庫。フキノトウ、たらの芽、コゴミ、ウド、ゼンマイ、ワラビ、ウルイ・・・とにかく何でも美味い。
posted by 生出 at 12:42 | Comment(2) | 馴染みの店

2013年05月03日

小塩の桜


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つい先日、南会津町の「小塩の桜」に会ってきた。樹齢約150年。往時の隆盛を見た者として、時の流れの残酷さを身をもって感じた。この世に生を受けたものは、いずれは土に還るのが運命(さだめ)だ。少しでも永く命を繋ぎ止めるための処置なのだろう、見応えのあった枝が、ばっさり切り落とされている。近寄って花を見てみる。可憐な花からは、この木の衰えなどは感じない。むしろ風情すら感じる。

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この日、あいにくの天気のせいか、訪れる人もほとんどなくゆっくり花を堪能することが出来た。下の写真は15年前に撮影した「小塩の桜」である。一瞬の時の愛おしさを強く感じた次第である。

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posted by 生出 at 23:38 | Comment(0) | その他

2013年05月02日

春山

 
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風薫る五月である。一昨日から南会津へ入っていた。昨日は会津駒ヶ岳(標高2133メートル)へ登った。天気図は完璧な冬型。風も強く高度が上がるにつれ、白いものが落ちてくる。気がつくとあたりは吹雪いている。ちょっとまずいんじゃないの、というくらいの荒れようである。しかたなく2000メートル付近の樹林帯の中で昼食の準備をする。まずは缶ビールで恒例の乾杯をする。しかしあまりの寒さに缶を持つ手が震える。早く暖かいものを食べたい、その一心でラーメンの準備をした。冷えた身体に暖かいラーメンは効いた!生き返ったというのに相応しい。中年オヤジ三名、おねぇさん二名は、インスタントラーメンによって無事下山出来たのであった。
posted by 生出 at 22:13 | Comment(3) | その他