
何かを失ってから気がつくこと、悔やむこと、涙すること・・・人生の中でひとは幾度となく、そんな時間に遭遇するものだ。大きな災害で大切なひとをなくされた方、病に冒された方、事件、事故に巻き込まれた方・・・人生の試練は様々だ。あの日、あの時間の、たった数分前でもいいから時計の針を戻すことが出来たのなら・・・。しかし時計の針は無常にも先を急ぐ。1分1秒たりとも元に戻ることはない。
神から与えられた試練であっても、僕はその仕打ちを容認することは出来ない。それが人情と云うものだ。人と神は違うのだから。
Keith Jarrett(キース・ジャレット)の「The Melody At Night,With You」はあまりにも静かで美しすぎるメロディを奏でている。まるで人生のあらゆる日々を包み込むような包容力すら感じる。Keithといえばうなり声を発しながらの演奏で知られているが、このアルバムでは、その姿はない。ひたすらに美しいメロディラインを紡ぐことに集中している彼の姿が浮かんでくる。
97年、Keithを突如として原因不明の病が襲う。慢性疲労症候群と呼ばれる病のため彼は音楽活動を休止せざるをえなかった。病気療養中に自宅のスタジオで録音されたこのアルバムは、人に聴かせるためではなく、彼と彼の愛する妻のためにだけ弾かれたものだという。
慈しむようなメロディは、聴くものの琴線に響く。
普遍的な何かが、このアルバムの底流にある。人生の試練を真摯に受け止めつつ、それを克服する強い意志、そして過ぎ去った時間への感謝がみなぎっている。もしこのアルバムを聴く人が、人生の深い悲しみを感じているのなら、きっと涙するに違いない。神を恨んでいても、Keithのメロディは、あなたの心をやさしく包み込むだろう。そしてそれが普遍的な・・・愛であることに気づくはず。