2012年03月31日

まっすぐに帰れない夜


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♪ま〜だまだ酔っちゃないだろ〜というわけで気がついたら二軒目、酒味寿の前に立っていた。吸い込まれるように店に入る。♪飲み干してしまおう、乾いたぁ〜夜を〜♪
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2012年03月28日

ブラザー軒


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高田渡は人間国宝である・・・THE ALFEEの坂崎幸之助が、生前の高田渡をこう褒めたたえていた。半ば冗談だったのかもしれないが、いまとなっては当たらずとも遠からずの感がある。2005年4月16日に高田渡は天に召された。享年56歳。
生前の風体は60歳代後半くらいにしか見えなかった。過ぎるほどのアルコール摂取の影響があるのだろう。「翁」と呼ぶに相応しい風体だった。
高田渡のライブには多くの逸話が残されている。べろんべろんに酔っ払ってステージ上で寝る、嘔吐する、当然演奏にならない・・・それこそ数限りない事件があったようだ。「タカダワタル的」(DVD)では、そんな彼の姿を垣間見ることが出来る。高田渡をサポートしていた佐久間順平によると「渡のライブは、その先どうなるかわからない出来事の連続」だった・・・と。

このアルバムは亡くなった翌年、2006年4月に発表された。2003年3月27日にNHK−FMの「LIVE BEAT」という番組で公開録音された音源が、ほぼノーカットで収録されている。息子の高田漣と二人だけのライブで、どれも聴き慣れた曲である。意外なことに、どの曲もギターのピッキングは、ちゃんとしている。つまり「まとも」に演奏しているのである。もちろん収録の途中で、些細な(?)事件は起きるのだけれど・・・。

さて、このアルバムの曲中、胸にぐっと来るのは「ブラザー軒」である。

 「ブラザー軒」
東一番丁ブラザー軒
硝子簾(のれん)がキラキラ波うち
あたりいちめん
氷を噛む音

死んだおやじが入って来る
死んだ妹をつれて
氷水喰べに
ぼくのわきへ

色あせたメリンスの着物
おできいっぱいつけた妹
ミルクセーキの音に
びっくりしながら

細い脛だして
細い脛だして
椅子にずり上がる
椅子にずり上がる

外は濃紺色のたなばたの夜
肥ったおやじは小さい妹をながめ
満足気に氷を噛み
ひげを拭く

妹は匙ですくう
白い氷のかけら
ぼくも噛む
白い氷のかけら

ふたりには声がない
ふたりにはぼくが見えない
おやじはひげを拭く
妹は氷をこぼす

簾はキラキラ
風鈴の音
あたりいちめん
氷を噛む音

死者ふたり、つれだって帰る
ぼくの前を
小さい妹がさきに立ち
おやじはゆったりと

ふたりには声がない
ふたりには声がない
ふたりにはぼくが見えない
ふたりにはぼくが見えない

東一番丁、ブラザー軒
たなばたの夜
キラキラ波うつ
硝子簾の、向うの闇に

七夕の夜、久しぶりに思い出の店「ブラザー軒」に入る。天の川では彦星と織姫が一年ぶりの再会を果している頃、硝子簾の闇に死んだ父と、まだ幼かった妹の姿を見る。あの世とこの世が通じるわずかな時間、死者は、その姿をはっきりと、まるで生きていた頃と同じように見せてくれた。それは幻なのか現実なのか。それはどうでもいいことなのだ。男は自分の手をじっと見つめる。いつの間にか死んだ親父と同じ歳になっていた。
また来年、ここで二人と会えるだろうか?そんなことを思いつつ再び硝子簾に目をやると、二人の姿はなく、自分の姿だけが映っている。

歌詞は宮城県出身の詩人・菅原克己。「ブラザー軒」は実在するレストラン。

高田渡が向こうに行って早7年近くが経つ。七夕の夜、ブラザー軒に行ってみようかな。
posted by 生出 at 21:55 | Comment(0) | 音楽

2012年03月25日

無事、終了いたしました。


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本日まで開催されておりました写団ふくしまの「風景讃美」展は、本日無事終了いたしました。お忙しいところ多数の皆様にお越しいただきまして心より感謝いたします。皆様からいただきましたご意見、ご感想はこれからの撮影の糧として活かしていきたいと思っております。今後も研鑽を重ね作品創りに精進いたす所存です。
posted by 生出 at 22:47 | Comment(0) | 写真展・絵画展など

2012年03月21日

Hurricane


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 阿佐ヶ谷にRICKYというバーがあった。いまとなっては店の場所もマスターの顔も、店内のディテールすらも忘れてしまった。ただ地下の扉を開けた記憶が微かに残る。鮮烈に覚えていることはひとつ。ボブ・ディランがよく流れていたことだ。いまから30数年前の話。
あまたあるディランの曲の中で、いちばん衝撃を受けたのが「Hurricane(ハリケーン)」だった。76年発表の「Desire」(欲望)のトップを飾る曲で、はじめは「自然の猛威に翻弄される遊牧民の物語」でも歌っているのだろうと思っていた。

 Put in a prison cell,
 (独房に入れられたが)
 but one time he could-a been The champion of the world.
 (かつては世界チャンピオンになれた男)

ルービン・カーター(通称ハリケーン)という黒人ボクサーの冤罪の話。実話である。彼はある殺人事件の犯人にでっち上げられ無期懲役の判決を受けてしまう。
ディランは、この曲で冤罪を世に問うことはもちろん、人種差別が生んだ悲劇は現代でも、容易に作り出してしまう可能性があることを示唆している。
ルービン・カーターは無実を訴え再審請求を行う。しかし人種差別という壁がそれを阻む。約20年の獄中生活の末、88年にようやく無罪判決が下りる。ディランの「Hurricane」が再審の扉を開く大きな力になった、と云われている。

ここ日本においても冤罪事件が、いくつも起きている。誰かにとって不都合な事実に不自然な力が加わり、真実がねじ曲げられてしまう怖さ。冤罪を作り出すシステムも怖いが、それを鵜呑みにする情報の受け手もまた怖い。
この世の中のすべての事象を、自分の感覚で確かめることは不可能だ。だからこそ、津波のように押し寄せてくる情報に対して、注意深く真実を嗅ぎわける感覚(洞察力)を身につけなければならない。

当時「現代の吟遊詩人」と呼ばれていたディラン。潜在化する政治、経済、社会問題を鋭くあぶり出し、世に問うスタイルは、プロテストソングと云われるが、現在においては、そういうアプローチは残念ではあるが流行らない。時が経てば、忘れられてしまう真実を後世に伝える手段として、ディランのスタイルを忘れてはならない。
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2012年03月19日

It's so hard to tell who's going to love you the best


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カレン・ダルトン(Karen Dalton)のファーストアルバム「It's so hard to tell who's going to love you the best」、69年リリース。

ネットで彼女のことを検索すれば、その生い立ちなどは、すぐに調べることが出来る。彼女を取り囲む人間関係なんかも、なるほどと思わせるところが多々ある。ほとんど伝説化された感のある彼女ではあるが、当然のことながら彼女の人生のディテールは、彼女自身にしかわからない。いまとなっては、精一杯想像力を働かせて、彼女の歌声から、彼女の気持ちを感じるほかはない。それが正しいのか、そうでないのかは、もちろんわからないけれど・・・。

生前に残された2枚のアルバムのほか、新たに発掘された音源を元に、数枚のCDが出されている。
歴史に「もしも」は禁句だけども、時の流れとは残酷なもので、もう少し早く彼女の歌が多くの人に届いていれば、彼女はたくさんの愛に囲まれていたかもしれない。

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 左からBob Dylan、Karen Dalton、Fred Neil
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2012年03月16日

In my own time


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彼女の歌を聴くと切なく、悲しくなる。
彼女の曲に泣くのではなくて、彼女の数奇な運命を知ってしまったが故に泣きたくなるのだ。曲はもちろんいいのだけど・・・。

カレン・ダルトン(Karen Dalton)、60年代はじめからN.Yのグリニッジヴィレッジで歌い始める。ボブ・ディランをして「当時もっとも気に入ったのが彼女だ」と言わしめた。哀愁ただようハスキーボイスはビリー・ボリデーのようだとも云われている。「In my own time」は彼女にとって2枚目のアルバム。このアルバム発表(71年)の後、忽然と姿を消し、二度とシーンに戻ることはなかった。

長い時を経て、93年3月N.Yで死去。ホームレス同様の生活だったと伝えられている。酒とドラッグにおぼれた生活が続いた果ての結末であるが、彼女ほどの実力者が光を見ることなく、この世から消えてしまったことが残念でならない。
一説によると、彼女は人前に出ることを極端に恥ずかしがる繊細な性格だったとか。したがって自分を売り込むとか、脚光を浴びる術とか、アーティストとして活きていく、シタタカさのようなものは持ち合わせてはいなかった。

「In my own time」・・・「わたし自身の時間の中で・・・」。彼女の人生の行く末を、まるで暗示するかのようなタイトルだ。結局彼女は、自分の心を人に触れさせることもなく、他の誰かと時間を共有することもなく死んでいった。すべての問題が彼女自身の時間の中で進み、そして終わった。自分の寂しさを、どう見つめていたのだろう。そんな彼女の境遇に思いを馳せながら、このアルバムを聴くと泣けてくるのだ。
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2012年03月15日

BORN TO RUN


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あれは80年のいつごろだったろうか・・・。蒸し暑い夜だったことは覚えている。したたか酔っていた。神田川を横目で見ながら、右にふらふら、左にふらふら・・・。終電に間に合わずYasui先輩のぼろアパート(失礼)に転がり込んだ。四畳半の部屋は意外に整理整頓されていて、パイオニアのステレオが、やけに光って見えた。
「なかなかいいステレオですね」とお世辞を言ったのが運の尽き。
「いま、いちばん気に入っているのを聴かせてやる」と一枚のLPを取り出した。
それがブルース・スプリングスティーンの「BORN TO RUN」(邦題は明日なき暴走)だった。すぐにでも寝たかったのだけど・・・。

しかし全8曲、一気に聴いた。そしてもう一度。また聴きたい。何度でも聴きたい。そんな気持ちにさせてくれたアルバム。

翌朝、ブルース・スプリングスティーンのことは記憶から欠落していた。それから2〜3年経ったある日、仙台のレコード店で、このアルバムと再会した。アーティスト名もろくに覚えていなかったがジャケ写が記憶の扉を開いてくれた。
グルーブ感はさすがだ。ハスキーな叫びは鳥肌が立つほど。

このアルバムがリリースされた75年といえばアメリカがベトナムから撤退した年である。泥沼の闘いと云われたこの戦争に、ようやく終止符が打たれた。アメリカにとって初めての敗戦。多くの若者が傷つき死んでいった。

    BORN TO RUN 

  I'll love you with all the madness in my soul
 (お前を愛すだろう、俺の魂のすべての狂気をもって)
  Someday girl I don't know when
 (いつの日か、いつだかわからないが)
  we're gonna get to that place
 (俺たちは、俺たちが本当に望んでいる)
  Where we really want to go
 (あの場所に到達するだろう)
  and we'll walk in the sun
 (陽のあたる場所を歩くだろう)
  But till then tramps like us
 (でもそのときまで、俺たちのような根無し草は)
  baby we were born to run
 (走るために生まれてきたんだ)

限りない不安、迷い、焦燥。いつの時代だって若者は悩み苦しむ。わけもなく走らずにいられない。走ることに意味があるのか、それすらもわからない。でもとにかく走り続けるのだ。
長い時間が過ぎ、気がつくと両足は大地をしっかり掴んでいる。目指していたところとは違うかもしれないが、いまの自分の居場所に少しでも納得するその日まで走るのだ。そのとき、そう、ほんの少しだけ後ろを振り向いてみよう。でも人生のゴールはそこではない。さらに前へ進まなければならない。前へ進む限り青春は続くのだ。
posted by 生出 at 22:05 | Comment(0) | 音楽

2012年03月14日

み空


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その夜、僕は写真仲間のS氏と「マッチボックス」でグラスを傾けていた。グラスに浮かぶ氷に灯りが映りこんでいる。そんな小さな世界を見つめながら、酔いに任せて自分の手には届かない世界のことを、あれやこれやと話していたときのことだった。
ふいにBGMが変わり、流れてきたのが金延幸子(かねのぶ さちこ)の「み空」だった。
 
 『み空』作詞・作曲 金延幸子

 鳩の飛び立つ中を 犬がかけてゆく
 空は どこまでも 青い空
 私の腕が 大空にとどいたのは そのとき
 流れる雲に抱かれ 魔法の海へ

これまで聴いたことのない透明感のある世界を感じた。そしてぐいぐいその中に惹きこまれる。この娘は新しい世界を創れる有望カブだ、きっとインディーズ系の新人なのだろうとタカをくくっていた。
なおも耳を澄ます。
音作りはフォーキーそのもので、アコースティックギターを爪弾くひとつひとつの音が心に滲みる。S氏も、いたくこのアーティストが気に入ったようだ。

後日、何気に金延幸子のことをネットで調べてみた。新人と思っていたら大間違い。このアルバムは、なんと72年に発表されたものだった。とても40年前の音とは思えない。目から鱗が落ちるというのは、まさにこういうことだ。
この音は、いまこの時代にこそ求められている音だ。

音創りに関しては、はっぴいえんどの細野晴臣がプロデュース。大滝詠一も楽曲を提供している。ギターで中川イサトも参加。
時を経て色褪せないものを創る・・・たやすいことではない。「み空」は、これからどんなに時間が経っても、けっして色褪せることはないだろう。むしろ彼女が描いた世界観は、聴く者の心の中で宇宙のように広がり続けるに違いない。
posted by 生出 at 21:37 | Comment(0) | 音楽

2012年03月13日

この世を悲しむ風来坊に捧ぐ


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ザ・ディランUのラストアルバム「この世を悲しむ風来坊に捧ぐ」。74年リリース。
このアルバムをはじめて耳にしたのは僕が18のときで、そのとき既にザ・ディランUは解散してした。
セイ・ヤングでたくろうがザ・ディランUの話をしていたのを耳にし、さっそく購入。

グループ名は、もちろんボブ・ディランから拝借したものだ。彼らの曲でいちばん知られているのが『プカプカ(みなみの不演不唱)』作詞・作曲、西岡恭蔵(象狂象)だ。ちなみにこの曲はアルバム「きのうの思い出に別れをつげるんだもの」に収録されている。
大塚まさじが大阪ではじめた喫茶店「ディラン」。常連だった西岡恭蔵と永井洋(よう)の3人が核となり音楽活動を開始。途中西岡が抜け、以後解散まで大塚と永井の二人で活動する。

 『時は過ぎて』作詞・作曲 大塚まさじ

 早いね 時の過ぎるのは
 みんなきのうのようさ
 早いね 時の過ぎるのは
 みんなきのうみたい

 二年前 きみは大阪で 
 裸のひとりぼっちさん 
 俺は胸に傷を負い 酒はその夜だけの夢

70年代初頭、日本は「政治の季節」の終焉を向かえ、誰もが心の中に「虚しさ」という言葉をぶら下げていた。虚しさ・・・まるでボディブローのようにじわじわと効いてくる。鉛のように重たい言葉。それは空を見上げる力すらも奪ってしまった。もっとも見上げたところで、空そのものも鉛色だったのだが・・・。
彼らの曲を聴くと、風を感じる。でも彼らの歌う風は森の中を吹き抜けるような爽やかな風ではない。かつて街を覆っていた情熱は、時の流れと共に消え去っていった。気がつくと、時代は変わり、過去を振り返ることすら出来ない、許されないくらいの速度で前へ進んでいる。振り返ることが、まるで罪であるかのような錯覚。前へ進めない自分。恋も仕事も何もかも上手くいかない。
ディランUは過ぎ行く時間、時代を風というキーワードで括ろうとした。風はとどまらない。何処かにとどまってしまったら、それは風ではない。風とは、時代とは、そういうものなのだ。そして人生は、いつだって風に翻弄されるものなのだ・・・と。
彼らの曲は政治色が強かったり、メッセージ性が高かったわけではない。ジャンルに囚われない自由な曲想、それは時に「はっぴぃ・えんど」と対比されることもあったようだ。このアルバムには細野晴臣が作詞、作曲した『恋は桃色』が収められている。

 『恋は桃色』作詞・作曲 細野晴臣

 ここは どこなのか
 どうでも いいことさ
 どうやってきたのか 忘れられるかな

 土の香り このペンキのにおい
 壁は象牙色 空はガラスの色

 夜をつかって たどり着くまで
 陽気な歌を 吐き出しながら
 闇へと突っ走る火の車
 赤いお月様と鬼ごっこ
posted by 生出 at 19:59 | Comment(0) | 音楽

2012年03月11日

OOO-28EC


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 現在のメインギター、Martin OOO-28EC。エリック・クラプトンのインレイが入ったシグネチャーモデル。96年に発表。大阪のドルフィンギターから08年に中古で購入。どちらかというとフィンガーピッカー向き。幅広のネックはD-28よりは弾きやすい。
posted by 生出 at 22:34 | Comment(2) | アコギ

2012年03月07日

写団ふくしま写真展開催いたします


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 ご覧のような日程で、第8回写団ふくしま「風景讃美」写真展を開催いたします。
 みなさま、お誘い合わせの上、ご来場ください。

 私も招待者として2点ほど拙作を出しております。ご高覧いただければ幸いです。
posted by 生出 at 12:41 | Comment(0) | 写真展・絵画展など

2012年03月04日

「だいじょうぶ」


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 小雪のちらつく夕暮れ、久しぶりに「だいじょうぶ」に寄ってみる。「だいじょうぶ」は居酒屋の店名。味も値段も大丈夫。振り返ってみると平成7年からのおつきあいだ。

 店に入ると、やや無愛想に「らっしゃい」と、聞こえるかどうかの声で迎えられる。ちなみに主人は、某国立大学卒で、なかなかのインテリ。なぜこの道に入ったのかは不明。
 僕の席はカウンターのいちばん奥。そこからの店内はこんな具合。

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 ここに座るとなぜか思い出す歌がある。
 高田渡の『夕暮れ』だ。

  夕暮れの街で
  僕は見る
  自分の場所からはみ出てしまった
  多くの人々を

  夕暮れのビアホールでひとり
  一杯のジョッキを前に
  斜めに座る

  その目が 
  この世の誰とも
  交わらないところを選ぶ
  そうやってたかだか30分か1時間
     ・
     ・
     ・

 頭の中でこの曲を再生しながら、描いた映像に僕はひとり酔いはじめる。そしておもむろに生ビールを頼むのである。誰にも邪魔されない自分だけの時間と空間。まぁ〜3杯、4杯と続くと、しっかり主人や居合わせた常連と話が弾んでしまうのだけどね。
 まず焼き鳥から注文する。何を焼くかはおまかせ。一本一本丁寧に焼いてくれる。

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 なるほど、そういうことなんだね。
 また近々、いい夕暮れ時にお邪魔します。

 
posted by 生出 at 20:27 | Comment(0) | 馴染みの店